広告・マーケティング業界で使われている言葉が「戦争用語」だと知っていましたか?
【前回の記事】「みなさんは「消費者、生活者、顧客、ユーザー」のどの言葉を使っていますか?」はこちら
アンバサダーやファンを軸にした取り組みについての考え方をまとめた書籍『顧客視点の企業戦略-アンバサダープログラム的思考-』を宣伝会議から3月1日に出版しました。この本には豊富な事例を始め、実際の運用で参考になる「実践レポート アンバサダーの体験設計」も収録。この1冊で最近注目されているアンバサダープログラムに関する理論から実施に至るまでわかる書籍です。そこで出版記念として、書籍ではお伝えきれなかった内容を、しばらくコラムで書かせていただきます。
普段使っている言葉の意味を考えたことはありますか?
前回のコラム(みなさんは「消費者、生活者、顧客、ユーザー」のどの言葉を使っていますか?)では、普段使っている「言葉」という観点から、今のマーケティングがいかに「新規顧客」に向けられているか、について考えてみました。
アンバサダープログラムの本質は「既存顧客」を大事にする点にあります。つまり、今までのマス・マーケティングが新規顧客をいかに獲得するかに注力しているのに対して、「今買ってくれている」お客さまを大切にしようという発想が原点にあるのです。これはいわば今のマス・マーケティングが目指している方向とは真逆の考え方と言えます。
今回のコラムは前回に引き続き、私たちが日常的に使っている「言葉」に着目しながら、今のマス・マーケティングがいかに新規顧客獲得に偏っているかを考えてみたいと思います。
さて、アドタイの読者のみなさんは、広告やマーケティグ業界で日常的に使われている用語の多くが戦争・軍事用語だということをご存知でしょうか。おそらくベテランの方はご存知だと思います。一方、仕事の言葉は日常的であるがゆえに、本来の言葉の意味を詳しく考察しないまま、忙しく毎日を過ごしている方も多いのではないでしょうか。
かくいう私もそういう若者でした。広告業界で働き始めたばかりの若者にとってはすべてが新鮮です。20代前半のかつての私は「コンセプト」「USP」など、当時新しく覚えた言葉を何の疑問も持たずに使っていました。そんな私に対して、当時の先輩は唐突に教えてくれたのです。
「藤崎くん、広告業界で普通に使っている言葉は、戦争用語だと知ってた?」。
何とも衝撃的でした。そして一つひとつ解説してくれたのです。こうした知識は誰かから教えてもらわない限り、なかなか知る機会がないものだと今になって思います。
広告やマーケティング業界でよく使われる、例えば「ターゲット」「インパクト」「キャンペーン」「ストラテジー」「タクティクス」などの言葉。その本来の意味をご存知でしょうか。この質問にひねった答えはありません。英語の本来の意味がそのまま答えです。
広告・マーケティング用語の本来の意味は?
goo辞書の小学館提供の『デジタル大辞泉』の解説を見てみると、下記のように解説されていました。
広告業界では日常的によく使う言葉です。
「今度のターゲットは30代の独身男性だよね」
「もっとインパクトのある表現で勝負しよう!」
「春のキャンペーンでの注力ポイントは…」
「まずはストラテジーを固めよう」
「広告効果を高める3つのタクティクスについてご説明します」
こうした用語は、全て戦争用語だったのです。そのまま和訳すると以下のようになります。
「今度の“攻撃目標”は、30代の独身男性だよね」
「もっと“衝撃”のある表現で勝負しよう!」
「春の“軍事行動”での注力ポイントは…」
「まずは“戦略”を固めよう」
「広告効果を高める3つの“戦術”についてご説明します」
私たちが“標的”だという衝撃
何と怖いことでしょう。企業や広告会社が企画した広告戦略が、地域や季節ごとに日常を席巻し、コピーの爆弾がメディアを通じて炸裂しているわけです。しかし、考えてみれば市場は自由競争の場です。私たちの目の前で、企業同士が戦いを繰り広げ、勢力争いをしているのは当たり前の風景なのです。私たちは戦場に生きているというわけです。
市場占有率という言葉もあります。これは市場シェアのことですが、企業同士が“いかに領土を獲得して勢力を拡大していくか”といったイメージが似合う言葉です。
しかし、よく考えると、この比喩でいう“領土”とは「私たち」のことなのです。つまり私たちは戦場に生きているどころか、“消費者”という存在は企業にとっては攻略していく相手、つまり標的(ターゲット)だというわけです。
何も英語を引き合いに出すまでもなく、実は日本語でも戦争用語が頻繁に使われています。マス広告のことを「空中戦」、店頭周りのセールスプロモーションを指して「地上戦」という言い方もあります。こうした用語に広告業界の多くの人は慣れてしまっていると思いますが、改めて考えてみると物騒な表現です。
競合商品がひしめく分野のことを「激戦区」と呼んだり、強者に勝つための戦略として範囲を限定して戦うことを「局地戦で勝とう!」などと呼んだり、広告会社の営業部を指して「営業部隊」と呼ぶ習慣だったり…。冷静にあたりを見渡すと、広告やマーケティング業界は戦争用語のオンパレードだと気づくはずです。
ちなみにWeb時代を迎えて「ターゲティング広告」などという手法がありますが、これは文字通り、私たちという“標的”を自動追尾して追いかけてくるミサイルのような広告だというわけです。
顧客は攻略すべき相手ではない
少し乱暴な話ですが、こうして新しい領土を次々と獲得して、市場シェアを拡大していこうというのがマス・マーケティングにおける新規顧客獲得のイメージです。
確かにかつてはこうした発想が有効でした。それは人々がモノを求めていた時代。経済や消費活動が盛んだった高度成長の時代。大量生産・大量消費が機能していた時代。ざっくり一言でいえば、20世紀後半は新規顧客の獲得が有効なマス・マーケティング全盛時代だったと言えるでしょう。だからこそ企業も、そうした戦略に予算を使い、知恵を絞ってきたのです。
しかし、今や商品はコモディティ化の時代を迎えています。何よりも市場を拡大しようにも少子化を迎え、今後の人口減少がみえています。こうした社会背景、時代背景があり、今買ってくれているお客さま、つまり「既存顧客」を大事にする必然性が生まれてきたというわけです。
では、既存顧客と一緒に共生し、発展していくためには、どうしたらいいのでしょうか? 詳しくは書籍に書いていますが、ひとつ確実に言えることは、消費者や顧客を“攻略すべき標的”と考え、戦争用語を使って戦略を仕掛けるような発想から脱却する必要があるということです。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。