「お客様は神様だ」と自分から言う人は、本当に顧客なのか?

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「お客様は神様」という言葉が生まれた背景

前回のコラムでは、広告を顧客視点で考えることの重要性が増していることについて考えてみました。

ここでポイントになるのが、「顧客視点」という場合の「顧客」とは誰かということです。企業の顧客サポートにおいて物議を醸す典型的なキーワードに「お客様は神様」という言葉があります。

元々は演歌歌手として有名な三波春夫さんが使っているフレーズとして流行った言葉ですが、顧客サポートの現場においては「お客様は神様なんだから、もっとちゃんと対応しろ」という文脈で使われることがよくあるようです。

三波春夫オフィシャルサイトでは、この「お客様は神様です」という言葉について、三波春夫さんの次のような発言を紹介しています。

「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ、完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです」。

つまり心構えとしての発言であり、お客様の言うことは何でも聞くべきという文脈の発言ではないことが分かります。

参考:「お客様は神様です」について

ただ残念ながら、一般的には「お客様は神様」というフレーズは、顧客が企業にクレームをする際に使うシーンが多いという印象が強くあります。

ここで企業にとって重要なのは、「お客様は神様だろ」と発言してくるような人が、はたして本当に顧客なのかどうかという点です。

先週、当社の藤崎さんが書いたコラムで、顧客とは「ひいきにしてくれる客。得意客。」という意味でデジタル大辞泉には書かれていると紹介していました。

参考:みなさんは「消費者、生活者、顧客、ユーザー」のどの言葉を使っていますか?

実は「顧客視点」という場合に大事にすべきなのは、ひいきにしてくれる客の目線であり、買うかどうか分からない一見さんの目線でもなければ、当然ながら商品を買ったこともないのに「お客様は神様だろ」と難癖をつけてくるクレーマーの目線ではありません。

前回のコラムにも書いたように、インターネットの普及により、企業が実施するテレビCMのようなマス広告に視聴者が批判の声を上げやすい時代になりました。

多数の批判の声が殺到することで、いわゆる「炎上」という状況になり、テレビCMを中止したり、製品の発売を中止したりするというケースが年々増えています。

日本企業は、特にお客様の声を真面目に聞く企業が多い印象もありますから、批判に対して真面目に対応し過ぎることが懸念されるケースもあるようです。特にテレビ番組のように同時に大勢の視聴者が見る番組の場合、同じ番組における表現でも国民全員が楽しい表現というのは、そう多くあるものではありません。

結果的に、お笑い番組などで30年前は普通に放送されていた表現や企画が、最近では視聴者の批判を避けるためにどんどん自主規制するようになり、面白いテレビ番組作りが難しくなっていると嘆く関係者がいるのは、一つの象徴的な現象と言えるでしょう。

多様な大勢の人が見れば見るほど、一部の人が不快感を覚える確率が増えていくことになります。その結果、クレームを減らすためにそういった表現を避けるようになれば、当然ながらテレビ番組の表現は無難につまらなくなっていくわけです。

過去にはクレームから商品が発売中止になったことも

ここで今後、企業が見極めなければいけないのは、はたしてその批判が本当の顧客の声なのか、単なるクレーマーや野次馬なのか、どちらの意見が本当の自分たちの顧客の声なのか、という点でしょう。

例えば2014年に、ファミリーマートが発売を予定していた「フォアグラ弁当」への批判を受けて、発売を中止したことが大きな物議を醸したことがあります。

参考:「フォアグラ弁当」発売中止の背景は? アメリカでは生産禁止の州も  

最初に注目されたのが、抗議の件数が22件だったという説。この件数は公式発表ではないようですが、全国に展開するコンビニチェーンが22件の抗議で、発売を中止するというのはどうなのかという点で注目されました。

さらにその後に注目されたのが、この抗議の中心にいたのがNPO法人アニマルライツセンターという保護団体だったことです。この騒動は、食文化や批判に対する企業の姿勢など、さまざまなテーマの議論に飛び火しました。

フォアグラという食文化が是か非かは、このコラムでは議論しませんが、少なくともファミリーマートが保護団体からの批判に屈して、フォアグラ弁当の発売を中止したという行為自体が、一方のフォアグラ容認派の人々からすると弱腰と受け止められて逆に批判を受ける結果にもなった、というのが注目すべきポイントです。

発売すればフォアグラ否定派から批判をされ、発売を中止すればフォアグラ容認派から批判をされる構造なわけで、企業にとってはどちらが自分の顧客の声なのか、という判断が非常に重要になっている時代であると言えるでしょう。

もちろん、顧客からのクレームを全て最初から悪意のあるクレーマーであると決めつけることも間違っています。

2015年に発生した、まるか食品のペヤングの異物混入騒動においては、当初まるか食品側が異物混入の可能性を否定したことが、騒動の拡大に結果的に寄与してしまいました。

参考:「ペヤング」事件に学ぶ SNS対策、初動が肝心 

まるか食品側が当初、写真の投稿者の行為をどう受け止めていたのかは想像の域を出ませんが、異物混入の写真をツイッターに投稿したという行為に悪意の可能性を感じてしまったために、初期対応が対立構造になってしまった印象が強くあるわけです。

ただ実は、問題の写真の投稿者はもともと大のペヤング好きであり、ペヤングを日々食べているからこそ、たまたま異物混入の商品に遭遇してしまい、あまりの出来事に困惑してツイッターに写真をあげてしまったらしい、ということが分かっています。

もし、まるか食品側が最初からその事実に気がついていれば、最初から丁寧な対応を行うことで、ここまでの騒動にならなかった可能性が高いわけです。

真の顧客なのか悪意あるクレーマーなのか

今後、こうした顧客の声とクレーマーの悪意を見分ける重要性が企業において高まっていくのは間違いありませんが、仮に対応を間違えて騒動になってしまった後も、重要なのは「真の顧客の声を聞くこと」です。

まるか食品は確かにペヤング騒動の初動は間違ったことで、騒動の拡大を招いてしまいましたが、その後に全工場での生産自粛と販売休止を発表。10億円以上の投資を実施して生産ラインを作り替え、周囲がやり過ぎだと思うぐらいの見事な対応を実施しました。

異物混入騒動の過程で聞こえてきた、ファンの不安の声に本気で対応する姿勢を見せたことで、ペヤングの再発売時には品薄で手に入らないという社会現象になるほどの見事な復活劇を見せてくれたわけです。

2011年に騒動になったフジテレビの嫌韓騒動においても、一部の広告主に対して不買運動が展開されたことがありますが、業績には影響が出なかったという事例もあります。つまり、不買運動を展開している人たちは、そもそもその企業の顧客ではなかった、というわけです。

昨年騒動になった日清食品のおバカ大学のテレビCMにおいても、日清食品は一作目の「不倫や虚偽を擁護」という批判に対しては、CM中止と謝罪文を公開するという形で真摯に対応しつつも、あえておバカ大学の「いまだ!バカやろう!」というメッセージはそのまま維持してテレビCMのシリーズは継続しました。

結果的にカップヌードルファンから、さすが日清食品と称賛の声を集める結果となりました。日清食品が、自分たちの顧客からの批判と応援の両方の声に、ちゃんと耳を傾けていた証拠であると言えるでしょう。

ネットやソーシャルメディアの普及により、企業がクレームや批判にさらされやすい時代になっていることは間違いありません。ただ、だからこそクレーマーや悪意のある人々の声に惑わされるのではなく、自分たちの真の顧客の声を見極める力が重要になっていると感じます。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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amnblog
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2017年2月21日


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