割引キャンペーンをやるのは誰のため?顧客のため、会社のため?
広告業界の素人だったから見えた課題
このたび、このコラムを書いているご縁もあって、宣伝会議さんから「顧客視点の企業戦略」という書籍を出させてもらいました。
アンバサダープログラムという、マーケティングの中ではどちらかと言うと新顔の手法を推進している会社の人間が、なぜ「顧客視点の企業戦略」という大上段にたったタイトルの書籍を書くにいたったのか、こちらのコラムを借りてご紹介しておきたいと思います。
実は、2017年は私がアジャイルメディア・ネットワークでコミュニケーション施策の提案に携わるようになって、ちょうど10周年になります。
恥ずかしながら、この会社に入る前の私は純粋にブログを楽しんでいるブロガーの1人で、広告業界にはほとんど関わりがありませんでした。
前職のアリエル・ネットワークというソフトウェアのベンチャー会社でマーケティングを担当していた時期もあり、アフィリエイト広告やGoogleの検索連動型広告を細々と出稿する仕事もしていたのですが、主にエネルギーを割いていたのは会社のブログで最先端のWebサービスをレビューすることでした。そういったテーマに興味がある人に、いかに自社のソフトウェアを知ってもらうかという、今で言うインバウンドマーケティングを行っていた程度でした。
いわゆる「広告」業界は、私にとって遠い世界の話でした。
そんな広告業界の素人が、アジャイルメディア・ネットワークの仕事で広告の世界に足を踏み入れることになり、初めは広告のことを何も知らず、何をやっても戸惑う日々が続いていました。
完全に恥ずかしい笑い話ですが、当時の私は当然ながらマス広告も理解してなければ、ネット広告についてもよく理解しておらず、バナー広告のクリック率の低さにビックリしたりしていました。
今、振り返ると、よくあのレベルの知識で広告業界のベンチャー会社の経営者なぞやろうと思ったなと背筋が寒くなる次第です。その後、色んな方々に教えを請いながら今がありますので、アドバイスをくれた方には本当に感謝の言葉もありません。
ただ一方で、その素人の目線からすると、いや素人だからこそ典型的なマスマーケティングが抱える課題も見えたことは幸運だったと振り返っています。
私は、今でも日本は「マスマーケティング最適国家」だと思っています。
視聴率が苦労している番組はあるにしても、テレビの影響力は未だに強いですし、全国紙がこれだけ多数生き残っている国は珍しいと言えるでしょう。北海道から沖縄まで、大抵の人にはテレビでやっているワイドショーの話題が通じます。
そして企業においても、効率性が非常に重要です。できるだけ大勢の消費者に、できるだけ同じ商品を大量に買ってもらうことができれば、企業としては効率よく売上をあげることができます。
そのために重要視されるのは、できるだけ大勢の新規顧客に振り返ってもらうことです。大量の広告を投下し、大量に店頭の売り場を確保し、新規顧客を優遇するキャンペーンを大規模に展開することになります。
コミュニケーションも「手離れが良い」ものが好まれますし、1つのメッセージをマスに伝えて、マスが動いてくれれば理想的です。
先日の「「顧客視点」のマス広告は可能か?」でも書きましたが、実はマスマーケティングの構造そのものが「顧客視点」ではなく「企業視点」の構造です。
当然、多くの日本企業は「顧客視点」を重視しており、顧客の声にも真摯に耳を傾けているわけですが、やはりマスの市場に対して効率的に大量のモノを売りたいというマスマーケティングの考え方自体が構造的に「企業視点」なわけです。
そういう意味で、素人目線の顧客視点から見ているとマスマーケティングで常識とされている手法のいくつかには、疑問を感じることがままあります。
典型的なものが「割引きキャンペーン」でしょう。
携帯電話キャリアのキャッシュバック競争
売上をあげるための「割引きキャンペーン」は、普通に考えたら良くある手法かもしれません。ただ、割引き価格で購入できた人にとっては良いキャンペーンでも、その直前に定価で買ってしまった人からすると悪いキャンペーンになりえます。
入会費無料キャンペーンの広告が、入会費を全額支払った人の目に入ったら、当然その人は腹が立つわけです。スーパーでも特売商品を目玉に顧客を集める方法が常態化していますが、前日に同じ商品を定価で買った人は嬉しくはないでしょう。
頻繁に半額値引きキャンペーンを繰り返しているメーカーの商品を、誰が定価で買おうと思うでしょうか?最も極端な例は携帯電話のケースです。
一時期、携帯電話キャリアの間では、新規顧客を獲得するために数万円のキャッシュバックが常態化していました。割引きどころか、現金が還元されていたわけです。
1人で何台もキャリアの乗り換えをしている人が数十万円の現金を手にする様子がメディアで報道され話題にもなった結果、安倍総理が介入するほどの社会問題として認識されてしまいました。
実際、毎月文句も言わずに黙って契約している人にはメリットは何も無いのに、数ヶ月単位で携帯電話キャリアを渡り歩いていた人たちが毎月10万円単位で収益をあげているケースもあったようです。
普通に考えたら、どう考えてもおかしな仕組みなのですが、携帯電話キャリア同士はモバイルナンバーポータビリティの「乗り換え獲得争い」で他社よりも優位に立つために、お互い譲れない戦いをしていました。
他社よりも優位に立つという「企業視点」での戦いに勝つために、既存の顧客を放置してキャリア移転をし続ける1人ひとりに何十万、何百万という資金を投下していたことになります。
部外者が冷静に議論したら、明らかにおかしな話だと気付きますが、数年間このキャッシュバック競争は業界の常識として放置されていたわけです。
企業視点で売上をあげたいと思いキャンペーンを企画すること自体が、本当に顧客のためになっているのかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきだと感じさせる事例だと言えると思います。
ワールドマーケティングサミットで講演をされたカリフォルニア大学ロサンゼルス校ビジネススクールのドミニク・ハンセンズ教授によると、こうした割引きやキャッシュバックキャンペーンは短期的には成果が出るが、長続きせずに成長の視点で考えると好影響はない、という調査結果が明確に出ているそうです。
実はハンセンズ教授によると、売上に一番インパクトが大きいのは流通経路であり、顧客は結局、買えるものを買っているんだとか。また、将来への成長の視点で考えると、割引きキャンペーンよりも、よほど顧客満足度やイノベーション、ブランドの資産化の方が大きなインパクトがあるのだそうです。
個人的に書籍「顧客視点の企業戦略」で表現したかったことも、従来の企業視点でのマスマーケティングの常識は一つひとつ疑ってみても良いのではないか、ということです。
企業と顧客が容易につながることができるようになり、企業は顧客に割引き以外の様々なコミュニケーションを提示することが可能になりました。顧客側が企業に本当に求めているのは、単純な値引きよりも一緒に業界を盛り上げる共創的な取り組みかもしれませんし、自分たちが胸を張って友達に推奨できるようになるための仕組みかもしれません。もちろん顧客視点でマス広告枠を使うことで、従来の典型的なマスマーケティングよりも大きな成功を収めることが可能な時代でもあります。
もし売上をあげるための「割引きキャンペーン」が状態化しているのであれば、一度業界の常識をゼロベースで見直してみて頂ければ幸いです。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。