顧客が欲しいものを、顧客に聞くのは時間の無駄なのか?
顧客視点で考えるときの「陥りがちな罠」
前回のコラムでは、割引きキャンペーンは長い目で見ると顧客のためにならないのではないか、という話をご紹介しました。このコラムでは、顧客視点で考えることの重要性をテーマにしていますが、一方で「陥りがちな罠」があります。それは、顧客に正解を聞こうとしてしまう問題です。
新製品を開発したり、販売したりする際の市場調査は、どの企業も必ず行っていると思います。ただ、画期的な新商品における正確な市場調査というのは特に難しいと言われます。
例えばiPhoneが世の中に初めて出てきた時、日本には既にガラケーが普及しており、ガラケーでも同じことができるからiPhoneは普及しない、という議論が多数されていました。
今となっては、信じられない話だと思う方も多いかもしれませんが、当時は大真面目にそういった議論がされていたのです。もちろん、皆さんご存じのように、蓋を開けてみれば日本は世界でも有数のiPhoneシェアが高い「iPhone大国」になっていました。
これは、顧客は自分が使ったことがないものは、それが必要な自分をなかなか想像できないという典型的な事例と言えるでしょう。
ここまで極端なケースでなくとも、顧客にアンケートをとった内容の傾向と、それに伴って実施した施策による結果が、大きく異なるという事例は世の中に事欠きません。
同じような例としてよく話題になるのが、マクドナルドにおけるヘルシーメニューの事例でしょう。
昔から、マクドナルドの顧客向けにアンケートをとると必ずといっていいほど、ヘルシーな野菜系のメニューが欲しいという声が多数出てくるそうです。ところが、それをもとに商品化しても、なかなか売れないんだとか。
そのため、元マクドナルド社長の原田氏は「お客は言うこととやることが違うからお客の話を聞いてはだめ」と発言されていたと言われています。当時、原田社長が本当にこの発言をされていたのか分かりませんが、実はこういう趣旨の発言は、多くのマーケティングの学者や専門家の方々がしています。
2015年のワールドマーケティングサミットに登壇されたフィリップ・コトラー教授は、「顧客は自分にとって何が必要か知らないのだから、顧客に答えを聞こうとしてはいけない」と話をされていました。
写真:H&Kグローバル・コネクションズ
さらに、2016年のワールドマーケティングサミットに登壇されたマルコム・マクドナルド教授は「いまだに愚かな企業は、顧客に何が欲しいかをリサーチしているが、全くの時間の無駄でナンセンスである。顧客にとっての本当の問題がなんなのかを顧客に聞くことには全く意味はない」と、コトラー教授の言葉をさらに激しい言葉で表現されていました。
こうした発言は一見、リサーチ業界の全体を否定しているという印象を受ける方も多いでしょうし、やはり商品開発は顧客に頼らずに担当者が一人で考えなければいけないのか、と思い込んでしまう方も多いかもしれません。
ただ、もちろんこうした発言は、リサーチ全般の重要性を否定しているわけではなく、正解を聞くための「短絡的なリサーチ」を否定していると受け止めた方がよいでしょう。
マーケティングの責任放棄にならないために
例えば、マクドナルドではヘルシーメニューが大ヒットにつながらないというのは、ある意味ヘルシーな野菜メニューを食べたい人からしたら、マクドナルド以外に選択肢がたくさんありますから当たり前とも言えます。
だからといってヘルシーなメニューが、マクドナルドに全く必要ないかというと、それも違うはずです。時代の変化や、顧客のニーズの変化によって、マクドナルド側も常に変化を求められています。
実際に、マクドナルドのサイドメニューにサイドサラダが常連の選択肢として入っているのが象徴的なように、数十年前に比べると、明らかにヘルシー系メニューが増えています。
例えば、子どもがマクドナルド好きだから、月に何度も通っている母親がヘルシーメニューを選択できるように、ある程度増やす必要があるかもしれません。ヘルシーメニューが増えることによって、友達同士で食事に行く際に、マクドナルドという選択肢に反対する人を減らすことができるのであれば、ヘルシーメニュー単体で利益が出なくても存在意義があると考えることもできます。
顧客の声を元にどのような打ち手を考えるかということこそが、マーケティングの役割と言えます。
そういう意味では、顧客にアンケートをとって、そのアンケートの結果をそのまま反映することは、マーケティングの責任放棄とも言える行為です。だからこそコトラー教授をはじめ、多くのマーケティングの権威が、顧客に正解をそのまま教えてもらおうとする行為を厳しく批判するのかもしれません。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。