三ツ矢サイダーの新CM中止から考える、「テレビCM」の社会的責任

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三ツ矢サイダーCMが中止になった経緯
先週、Twitter上の問題提起が発端となり、三ツ矢サイダーのテレビCMが取り止めになりました。念のため申し上げると、消費者からの指摘でテレビCMの放映が中止になるというケースは数年前から散見されるようになり、もはや珍しい話ではありませんから、大騒ぎする話ではありません。

私自身も雑誌「宣伝会議」への2017年の予測記事で「消費者の広告への逆襲」を「キーワードに、消費者が気に入らない広告に逆襲できる時代になってしまったので、今年はより広告の消費者への姿勢が重要な年になるということを書かせてもらいました。

参考:広告界予測2017:AMN 徳力氏「消費者の広告への逆襲」

ただ、今回の三ツ矢サイダーCMの放映停止については、個人的にあまりの展開の早さにちょっと驚いたのが正直なところです。そこで自分の整理も兼ねて、今回の騒動を「顧客視点」から振り返ってみたいと思います。

簡単に今回の騒動をまとめると下記のような流れになります。

■4月 三ツ矢サイダーの新CMが放映開始

4月17日
トランペット奏者の方がTwitterで、新CM中の芳根京子さんがトランペットを吹いているシーンで後ろから友達がドーンとぶつかってくる行為は、ものすごく危険なことであり、平気で真似をする人が増えるリスクを考えると全日本吹奏楽連盟が動いて欲しいぐらいの気持ちである、と問題提起。
Twitter上で議論が拡がる。

4月18日
17日から引き続きTwitter上で話題が拡がり「三ツ矢サイダーCMの問題点」がTwitterトレンド入り。10時にはアサヒ飲料にも指摘の連絡が入った模様。一部メディアでも記事化。アサヒ飲料側がYouTube上の該当動画を削除、サイト上にお詫びを掲載。
参考:CM情報|三ツ矢サイダー | アサヒ飲料

4月19日
テレビCMも順次、別のCM映像に差し替え。
その後、CMは問題ない、クレーマーが怖いなどの反発意見が拡がっているとJ-CASTが記事化。

今回の騒動においては論点が複数あるため、少し議論が錯綜しがちですが、整理すると下記の3点が争点になっているようです。

新CMにおける表現は、そんなに問題がある表現なのか?
問題があったとして、放映停止までするべきだったのか?
今回の問題の発生は、事前に防げたのか?
順番に見てみましょう。

1.新CMにおける表現はそんなに問題がある表現なのか?

今回の騒動が紛糾するのは、まずトランペットを吹いている人が後ろから押されることがどれぐらい危険な行為なのか、経験者と未経験者で印象が大きく異なることです。

私のFacebook投稿にもいろいろな方からコメントをいただきましたが、トランペットなどの金管楽器経験者は一様に「とても危ない行為」という指摘でした。

私自身は未経験者のため、楽器演奏中に友達が驚かしてくるという表現は「まぁそういうこともあるから良いんじゃないの」ぐらいの印象でしたが、経験者の方はあの映像を見るだけで痛みが呼び起こされたりするほどの行為だそうです。

そういう意味では、一部の方々にとっては明確に問題がある表現だった、と言えるようです。

この点に関しては、未経験者の方は異論もあると思いますが、テレビCMにおいてはあくまで平均的な表現がどうかということではなく、「一部の方に明確に強烈な問題があるかどうか」という点がポイントとなります。

2.問題があったとして放映停止までするべきだったのか?

経験者と未経験者で、最も意見が分かれているのがこの点でしょう。後ろから押されてケガをする可能性があったとしても、同じような危険な表現のCMは世の中にはたくさん存在します。

表現の程度の問題で「自己責任なのだから良いじゃないか」という見方もあれば、「表現の自由が狭まってしまう」という問題意識を表明されている方も多くいるようです。

ここで問題になるのが、今回の騒動の対象がテレビCMであった点です。私自身も当初は1に対する認識が甘かったので、放映停止するまでの必要はないのかなと思っていましたが、一部の方にとって明確に問題がある表現ということになると、話は変わってきます。

テレビCMは放映を続ける限り、視聴者が望むと望まざるとに関わらず、強制的に表示されてしまう広告です。仮に大勢の方にとっては問題のない表現であっても、一部の方はCMが放映されるたびに不快な思いをすることになります。

そもそもテレビCMの目的は視聴者に三ツ矢サイダーというブランドを好きになってもらったり、興味をもってもらったりすることのはずなのに、一部の視聴者に極端に嫌われてしまう可能性があるという時点で、放映を続けるメリットが減少するのは当然です。

昨年は日清食品がテレビCMに矢口真里さんを起用したことで、批判の声が高まりCM放映を中止し、謝罪するケースがありました。このときも一部の日清ファンからの評判が良かったCMでした。

しかし不倫をした矢口真里さんが出るCMを、サザエさんなど子どもが見る番組にも放映してしまったことが、一部の視聴者の不快感を強く刺激し、批判の声を増やしてしまったという見方があります。

興味がある人だけが見るネット動画と、強制的に視聴者全員に表示されてしまうテレビCMの影響力の違いが、テレビCMの社会的責任の重さにつながっていると言うことができるでしょう。

さらに、Twitter上での問題提起されたように、今回の表現を学生が真似してケガ人が出る可能性があり、最悪の場合はアサヒ飲料が非難される展開にもなりかねません。そういう意味では、個人的には騒動が明らかになって、迅速に放映中止をしたアサヒ飲料の判断は正しいと思います。

実際にアサヒ飲料側は、騒動の起点となる投稿がされた17日の翌日にはCMの放映停止の判断をし、謝罪文を公開しています。今回の対応は、実に炎上対応のお手本のような迅速さだったと言えます。

3.今回の問題の発生は事前に防げたのか?

一方で、3つの議論のなかで最も結論が難しいのがこのポイントでしょう。

1と2の議論については、人によって異論はあるのかもしれませんが、総論としては企業の宣伝に使うテレビCMという手段としては明らかにリスクの高い表現が含まれており、騒動になった以上、中止するのが最善という結論で良いかと思います。過去の他のテレビCM炎上騒動と比べても、かなりシンプルでしょう。

ただ、今回の騒動の議論で難しいのは、はたして今回の表現が問題であることを事前に察知して回避できたのかと考えると、未経験者の多くが頭を抱えてしまう点にあると言えます。

騒動発覚後、昔からテレビCMなどの広告に携わる広告代理店や広告主の方々からは、業界全体の表現に対する事前チェックの能力が下がっているという厳しい指摘も多くありました。

しかし広告主の方からは、もし自分がアサヒ飲料の担当者でこの提案をされる立場だったら、特に問題なく実施していただろうという声も聞こえてきます。実際、私自身も今回の表現に問題があるとは感じることができませんでしたから、同じ立場だったら企画を通していたと思います。

そういう意味では、私は個人的には今回の問題は事前に防ぐことが難しかった問題だと感じています。

ただ企業の宣伝部の方々としては、「今回の騒動が不運だった」と片付けてしまうわけにはいかないと思います。

「ホンモノらしさ」へのこだわりが求められる

テレビCMに対して消費者からの厳しい基準での指摘が増える時代に突入していることは明白で、テレビCMのリスクが上がっていることは間違いありません。

残念ながら、時計の針は巻き戻らないでしょうから、多額の費用を投下するテレビCMを無駄にしないために、より一層の事前チェックが重要な時代になっています。ここで、キーワードとなるのが「Authenticity(真実性)」だと思います。

Authenticityは、5年ぐらい前から海外の広告業界でよく議論されるようになったキーワードで「真実性」や「ホンモノであること」などと訳されています。

通常のテレビCMは、当然ながらファンタジーとして仮想の世界をつくり、撮影しています。企業が伝えたいことを15秒に詰め込まなければならないわけで、何もかも本物だけで撮影できるケースは少ないのは現実です。

今回の三ツ矢サイダーのCMにおいても、若手女優の芳根京子さんがトランペットを吹き、それを後ろから友達が驚かす、というシーンが仮想の世界として設定されました。ここでポイントとなるのが、撮影現場において、このシーンに問題提起をして、ブレーキをかけられなかったことだと言えます。これは前述のように未経験者にとっては危険性を察知するのが難しい行為だったのですが、経験者にとっては明白な問題だったというのがポイントになります。

もしかすると、Twitterで問題提起をしたようなトランペット奏者の方が撮影スタッフの中にいれば、「今回の表現は危ないのではないか」と問題提起ができたかもしれません。そもそも指摘されたような危険な行為であれば、撮影中に芳根京子さんがケガをしてしまう危険にさらされていたわけで、気がつける可能性もあったはずです。

その危険性が気付かれずに、無事に撮影が行われているのであれば、トランペットに安全対策が取られていたのかもしれませんし、芳根京子さんも後ろから脅かされることを最初から分かっていたため、上手く避けることができたのかもしれません。

そこがよりホンモノに近い状態であればあるほど、今回のリスクには気がつける可能性が上がっていたはずなのです。

最初からファンタジーの世界として撮影するのであれば、ファンタジーなりの表現があると思いますが、リアルを想像させるシーンを撮影するのであれば、やはりそこにある程度の「ホンモノらしさ」へのこだわりを見せることが必要なはずです。

企業視点でアピールしたいイメージを作ることだけにこだわるのではなく、顧客視点でCMを見た場合にどう見えるのか、という点にこだわることが大事になります。そこにこだわることで、今回のような火種に気付く確率を上げることは可能であると思います。

とはいえ、当然ながら今回のように期せずして騒動を起こしてしまうことが避けられない時代になっていることも事実です。騒動が発生してしまった場合、最終的にポイントになるのはその後の対応です。

単純に今回の騒動に懲りて、無難な表現に徹していくという選択肢もありますが、日清食品が「おバカ大学のCM」炎上後も、シリーズを継続するという判断をして、ファンから喝采を浴びたという成功事例も存在します。

今回のCM放送中止を残念がっているファンの声もあるようですし、問題提起をされた演奏経験者の方々が「さすがアサヒ飲料」と喜ぶような形で、ホンモノのトランペット奏者の方々の見識を活かしてシーンを撮影し直し、再開するという選択肢もあるはず。

騒動でショックを受けている広告関係者の方も多いと思いますが、そのショックを乗り越えて良い話になるような、今後の展開に期待したいです。

 ※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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2017年4月25日


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