これからの広告効果測定は「質」を「量」で表現する技術が重要になる
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。
広告の「量」と「質」を考える
は、「顧客との関係性を重視する時代のチーム作り」のセッションから、ネスカフェアンバサダーにおける広告主と広告会社の新しいチームの形についてご紹介しました。
今回はそれに関連して、いま最も求められている「デジタル時代の広告の効果測定」について考えてみたいと思います。
ネスカフェアンバサダーのような顧客との関係性を重視した企画において必ず議論となるのが、関係性を築くことができる顧客の「量」、つまり人数の少なさです。
例えば、前回のコラムでご紹介したアンバサダーを対象にしたサンクスパーティーやキャンプといったリアルイベントに参加できる人の数はせいぜい数百人から数千人。いわゆるテレビCMやバナー広告などの「広告」手段を使えば数百万人や数千万人に「リーチ」できるのに対し、リアルイベントを年に100回実施してもせいぜい数万人から数十万人にリーチできるかどうかになります。
当然、広告コミュニケーションの目標を「量」で設定すると、ファンやアンバサダー向けのリアルイベントのような手段は効率が悪く見えるのは当然でしょう。
ただ、ここで忘れてはいけないのが「質」の議論です。
15秒のテレビCMや一瞬しか顧客の目に触れることのないバナー広告と、企業の担当者と顧客が一緒になって同じ時間を楽しむサンクスパーティーやキャンプでは、企業と顧客の間にできる関係性の「質」は全く異なります。
昨年ネスカフェアンバサダーキャンプに参加したある参加者は「自分は一生のコーヒー分以上に、ネスレさんに良くしていただいているので一生かけて恩返ししないといけないんですよ」と発言されていたそうです。このような関係は、一方通行の広告経由ではなかなか培うことはできないわけです。
もちろん、これはある一人の参加者の発言ですし、広告コミュニケーションの投資対効果として数百人との関係値を深める行為である「エンゲージメント」を重視した活動と、数百万人に認知してもらう行為である「リーチ」を重視した活動を単純に比較することには意味はないとも言えるでしょう。
ただ、ぜひ一度振り返ってみてもらいたいのは、現在のマス広告の効果測定は「量」だけに寄りすぎてしまっていないか?という点です。
この点について、先週開催された「QON DAY」というイベントで松岡正剛さんが非常に興味深い講演をされていました。
「質」と「量」はどっちが重要だったのか?
松岡正剛さんによると、実はナポレオン以前の時代には、そもそも「量」は問題では無かったというのです。ナポレオンが国民国家を作る上で必要な健康や失業、教育などに対する基準値を国勢調査などの統計を確立していく上で、初めて「量」が人間社会で注目されるようになったとか。
ナポレオン以前の時代、日本で言えば江戸時代には、そもそも人間関係において重要なのは「質」であって、「量」は問題では無かったわけです。
人間社会は、元々は「質の世界」だったと言えます。確かに冷静に考えてみれば、私たちは普通の人間関係においては明らかに「質」を重視しています。
田中さんが感動してくれたかどうか
鈴木さんに嫌われたんじゃないか
教室のみんなが笑ってくれたかどうか
ここで重要なのはいわゆる「エンゲージメント」であって、今日は40人の友達に「リーチ」した、とかは普通あまり考えないわけです。
それが、産業革命以後、大量消費大量生産、マスメディアとマスマーケティングの時代が訪れ、全てのものを「量」で交換する社会がやってきます。「量」が多くの価値観において重要な位置を占めるようになったわけです。
「量」が万国共通で議論できる数値で表現できるのに対し、「質」というのは共通言語で語ることが非常に難しいんですよね。そういう意味で、この200年ぐらいの時代は「量の世界」だったということができるでしょう。
松岡正剛さんのお話で興味深いのが、ソーシャルメディアのようなデジタルネットワークの普及により、再び「質」が測りうる時代になってきているのではないかという点です。
ソーシャルメディア上では、発言数という「量」も測れますが、ユーザーのブランドに対する感情や感想など「質」も記録されています。これらの感情は、当然今までも存在はしていましたが、あくまで人の脳や気持ちの変化や会話は記録に残らないので測れませんでした。でも、現在は、それがソーシャルメディア上に記録されているわけで、測れる可能性が出てきているわけです。
ここで今後、重要になるのが「質」と「量」をどう変換するかということになります。
松岡正剛さんの言葉を借りると「量」の中にある「質」は比較的、抽出しやすいが、「質」の中にあるものを「量」に出すことがまだまだ非常に難しいというのがポイントです。「量」で「質」を表現している代表的なサービスがGoogleの検索ランキングのロジックでしょう。Googleは被リンク数という「量」が多いことが「質」が高いことであるという仮説の元に現在の検索エンジンの原型を作り上げました。
これは非常に画期的なアプローチであり、従来の手法に比べると非常に高い精度の検索エンジンを生み出すことに成功しました(もちろん、必ずしもリンク数が多ければ「質」が高いというわけではないという結果も散見されるわけですが)。
ある意味Facebookページの「いいね」ボタンなども、「量」で「質」を表現するためのアプローチと言えるでしょう。一方で、現時点で誰も成功していないのが、「質」を「量」で表現することです。
ネスカフェアンバサダーキャンプに参加したアンバサダーは、少なからずネスレに対して深い関係値を持つはずですが、この「エンゲージメント」は何人分の「リーチ」と等価と言えるのでしょうか?
松岡正剛さんは、「質」の「量」への変換には量子のレベルで「質」というものを表現する技術が必要だとお話しされていましたから、私のような文系人間では不可能な話にも聞こえてしまったのも事実なのですが。ただ、そのヒントになるような活動や成功事例が、マーケティングの世界では徐々に見えてきているようにも思います。
ブランディング重視のLPでLTVが向上
ネスカフェアンバサダーにおいて、サンクスパーティーやキャンプなどのリアルのエンゲージメントを重視した活動が、20万人を超える会員組織の活性化に貢献しているというのも一つの例だと思いますが、デジタルマーケティングの分野でも「量」だけでなく「質」も重視することで成果を出すことに腐心されている事例を聞くことは増えてきた印象があります。
例えば、先月開催されたEC系のダイレクトマーケターが集まる「コマースサミット」では、通販系のWEBコンサルの草分け的企業であるペンシルがスポンサードするセッションが象徴的です。ここではレスポンスという「量」とブランディングという「質」をどのように両立するかを日々模索されている担当者の方々のディスカッションが行われました。
このセッションでは、JIMOSの川上智子さん、コーセーの江藤香織さん、やずやの宇野京子さんという3名の女性担当者による議論が行われました。お三方によると、一般的には、通販やECサイトはコンバージョンや売上のようなレスポンス成果の「量」がはっきり測定できるため、レスポンスをあげるための活動に偏りすぎてしまい、企業のブランディングに中長期で悪影響が出ることがあるという課題があるそうです。
そこで、やずやの宇野さんは、あえてレスポンス重視のランディングページだけでなく、ブランディング重視のランディングページも並行して作成することで試行錯誤を続け、ブランディング重視のページの方がレスポンスが高くなったという事例を作ることができたそうです。今では、レスポンスとブランディングの両立が可能ではないかという手応えを持ち始めているとのことでした。
JIMOSの川上さんも、同じような取り組みで自分はまだまだ苦戦はしているとしつつも、これまでは商品の機能的な特徴訴求が中心になっていたため、今後は企業や商品の裏側にあるブランドの考え方を伝えてファンになってもらうことにチャレンジしてみたいと明言されていました。
ある意味、短期の「量」ではっきりと成果が問われるダイレクトマーケティングの現場において、こういった中長期の顧客との関係の「質」を重視する担当者が増えてきている点は注目すべき現象と言えると思います。
企業の広告コミュニケーション活動も、ある意味、人間と人間のコミュニケーションの延長と考えると、当然「量」を増やせば良いというものではなく「質」も重要なのは誰の目にも明らかなはずです。ただ、「質」の「量」への変換が難しいからこそ、このマスマーケティング時代の100年は「量」だけに偏りすぎてしまった時代と言えるかもしれません。
これからのデジタルマーケティング時代に重要になるのは、「質」の価値を「量」で何とか表現することで、「量」と「質」をどのように両立していくかを考え続けることなのかなと感じています。