広告大量投下だけでは勝てない時代に重要な3つのテーマを、ドン・シュルツ教授の講義から考える

Pocket

前回のコラムでは、失敗を許容できる組織でなければ、新しい挑戦が必要なデジタルマーケティング時代は生き残れないのではないか、という話をご紹介しました。

この話の前提にあるのは、マスマーケティング時代においては、テレビCMや新聞広告などのマス広告を大量投下できる企業に競争優位性があり、毎年保守的に広告を大量投下するアプローチのマーケティングを続けていても比較的に問題なかった。一方で、デジタルマーケティング時代は、今までのような広告の大量投下だけではライバル企業に勝てなくなるのではないか、という問題提起です。

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

前回のコラムでも「ワールドマーケティングサミット」におけるフィリップ・コトラー教授の「デジタル化するか、死か」という言葉を紹介しましたが、同様のデジタル時代に対するマーケティングの変化の必要性は、サミット全体においても繰り返し強調されていました。

その関係で、IMC(統合マーケティングコミュニケーション)というコンセプトの父とも呼ばれるドン・シュルツ教授の講義も非常に興味深かったので、紹介したいと思います。

「21世紀のマーケティングモデル」と題された講演で、ドン・シュルツ教授が強調していたのは下記の3つのポイントでした。

マーケティングを巡る三つの重要なテーマ
・デジタル化
・ファイナンシャルプランニングモデル
・組織構造の変化

シュルツ教授の発言を元に、一つずつ説明しましょう。

1.デジタル化によって顧客が急速に進化している
at11200021
「これまで企業のマーケティング担当者は自分の方が顧客よりも頭が良いと思っていたかもしれないが、デジタル技術の進歩により顧客の得られる情報量や知識量は飛躍的に進化した。もはや企業は顧客をリードしていない。我々が顧客をフォローするのである。しかも現在の顧客の変化は企業の変化よりもずっと速い」

「例えば57%の顧客は、ネットの検索などを通じて学習し、営業担当者に会う前に既に答えを決めているという調査結果がある。昔の営業担当者は顧客を『説得』するために存在したが、もはや説得は不可能と考えた方が良い。営業担当者は売り込みをするのではなく顧客の相談相手にならなければならない。もはやコマンド&コントロールのマーケティング時代は終わったのだ」

コトラー教授が「デジタル化するか、死か」という問題提起をされていたように、デジタル化によるパラダイムシフトはドン・シュルツ教授も非常に強く強調されていました。日本においてはマスメディアの影響力が海外に比較すると強いまま維持されているため、時代の変化に対する問題意識は小さい人が多いかもしれません。ただ、スマホの普及による消費者の店頭での価格比較やクチコミ情報の検索に象徴されるように、企業と消費者の間の情報格差は消滅し、消費者側の方に知識があるケースが増えてきています。

まずはこれを大前提として、従来のマスマーケティングのままではダメだ、と考えなければならないというのが最初のポイントです。

2.ファイナンシャルプランニングモデルの構築が必須
at11200031
「広告のROIをベースに過去を振り返るのではなく、これからは未来を予想することが重要になる。顧客の企業にとっての財務的価値をきちんと計測し、それを向上させることを目標とするべきだ。顧客価値を測定し、顧客を企業に収益をもたらす存在と捉え、広告費などのコストを管理するのでは無く、これからは顧客の収入フローを測定・管理しなければならない。費用の支出と考えるのではなく、内部収益率(IRR)を高めるための投資と考えるべきだ」

「これからはビジネスモデル自体も根本から見直さなければならない。現在のサプライチェーンは売り込みをベースとしたモデルになっている。だから製品が余ると値下げする羽目になる。マーケティングのファネルは、企業が顧客を説得・洗脳できる前提になっている。だがデジタル化された顧客は洗脳できない。だからこそ、これからは顧客を中心にしたデマンドチェーンのモデルにすべき。『製品』から議論を始めるのではなく『顧客の問題』から議論を始めるべきだ」

「広告の露出も、メディアの配信量だけを見るのでは無く、実際にそのメディアが視聴者によって見られているのか、メディアの消費量も見るべきだ」

ファイナンシャルプランニングモデルというと、自分には関係ない話だと受け止められるマーケティング関係者の方も多いかもしれません。要はマーケティングのプランニングモデルを財務的見地から投資対効果を予測するようにしていくべき、というのがシュルツ教授の提言でした。

象徴的なのが下記のスライドです。
at11200041
総顧客に対するブランド顧客数×年間の顧客価値×購入時のシェア×利益率

という計算により顧客の企業にとっての財務的価値を求め、それを元にマーケティング投資の効果測定をIRRを元に予測すべきと言う講義は、本当に財務の授業を受けている錯覚を受けるぐらい具体的なものでした。

正直、このレベルの計算は売上にコミットしているトップレベルでやらないと意味が無く、現場の担当者からすると厳しいな、と思ってしまいましたが、結局最終的な投資対効果で見なければ細かい表面上の数値だけを見ていても意味が無いということかなとも感じます。

3.組織構造を変えなければならない
at11200051
「デジタル化の変化に合わせて当然企業の組織構造も変えなければならない。そもそも、企業の従来の組織図には顧客の存在がない。だからこそ、縦割りの組織構造に陥ってしまう。これからは、顧客を組織の中心におかなければならない」

この手の議論は最近必ず組織論に落ちることが多いな、と感じていますが、シュルツ教授も当然のように組織構造を変えることの重要性を強調していました。

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

実は、ワールドマーケティングサミットの前日に開催されたパーティーの場でも、個別にシュルツ教授に「日本においてはマーケティング組織が宣伝部、広報部、商品開発、と縦割りになっている組織がまだまだ多く、シュルツ教授の提唱されていたIMCのような概念にそった取り組みが難しい企業が多い。何かボトムアップから解決していく策はありますか?」と質問しましたが、「日本のような保守的な人が多い国においては難しい問題だね。簡単な解決策は無いな」と返されてしまった事実があります。

実際、組織構造をボトムアップで変えていくのは現実問題、相当難しいわけで、やはり時代の変化に対応するためにはある程度トップダウンで、組織変更の号令が必須になるのかなと、改めて痛感させられた講義でもありました。

冒頭にも簡単に書きましたが、日本企業にとって難しい舵取りになるのは、日本においては依然としてテレビCMが非常に強い影響力を維持しており、ソーシャルメディアの普及率も低い上に高齢化社会でもあるため、米国ほど「デジタル化するか、死か」という実感が企業の経営者の間で湧きにくいという点でしょう。

ただ、長い目で考えると日本企業にとっても今考えなければならない課題であることは間違いないと感じます。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

Author Profile

徳力 基彦
アジャイルメディア・ネットワーク株式会社  取締役 CMO ブロガー

NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。書籍「アンバサダーマーケティング」においては解説を担当した。
Pocket

2016年8月10日


Previous Post

Next Post