視聴者を横串でつなぐマーケティング手段としてのファン施策(ディーライフ)

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今回のゲスト

ディーライフ (BS 258)
ブロードキャスト・サテライト・ディズニー株式会社
マーケティング シニアマネージャー
室井陽子(むろいようこ)

大学卒業後、数年間の外資系IT企業での勤務を経て、2005年より外資系消費財メーカーにて高級化粧品から家庭用洗剤まで幅広い商材のマーケティングに従事。その後、2014年にDlifeを運営する(株)ブロードキャスト・サテライト・ディズニーに入社し、BSテレビ局のマーケティングを担当。2018年からは、ディズニー・チャンネルをはじめとするディズニー傘下にある3つの有料チャンネルのマーケティングも含めた、コンテンツ・マーケティングチームのリーダーとして従事。現在に至る。

ディーライフ」は、海外ドラマ、映画、アニメーションなどを放送している全国無料のBSチャンネルです。2017年に「アンバサダープログラムをスタート」しました。テレビのチャンネルがファンとつながるアンバサダープログラムは珍しいと思いましたが、なるほど、納得できるお話ばかりでした。多くのマーケターの参考になると思います。

※本記事は、企業向けにアンバサダープログラムを手掛けているアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)のエバンジェリスト藤崎実氏が執筆したものです。

藤崎実氏

関心の深いファンの存在には気づいていたものの

藤崎:アンバサダーに着目したきっかけを教えてください。

室井:実は最初から「よし、うちもアンバサダーを作ろう!」と考えたわけではなく、ディーライフというテレビ局が抱える課題の解決に、ファンが一役買ってくれるかもしれないと考えたのがきっかけでした。

ディーライフは広告収入モデルなので、地上波テレビ局同様、無料・24時間放送のチャンネルですが、そもそもチャンネルの存在を知らない方、番組内容を知らない方が、多数います。つまり、認知度をもっと上げなければならないというマーケティング課題がありました。一方、広報・番組宣伝の場は限られており、例えば地上波にスポットCMを流すことはありませんし、番組をフックにしたデジタル広告やパブリシティなどのプロモーションがメインです。

2017年は、開局5周年の節目で、プロモーション強化として、「何か新しい取り組みをしてみたい」と社内でも様々な検討を重ねていました。その時、ファンとディーライフが一緒に「何かを共有できること」・「記念になること」はできないかという意見があり、その2つを叶えるのが「アンバサダープログラム」ではないかと。

藤崎:課題解決策として話があがってきたのですね。こうした場合、企業の方が心配するのが「果たして我が社にファンはいるのだろうか」という点です。

室井:実は、当社で定期的に行っている市場調査を通して、濃いファンがいらっしゃることは、以前からわかっていました。

例えば、ありがたいことに視聴者の約9割の方がディーライフを「好き」と答えてくれていて、ディーライフへの愛着度はいつも驚くほど高い数値が出ています。

そういった濃いファンの存在を知っていたからこそ、「アンバサダープログラム」という取り組みにも可能性を感じていました。

ライバルは、配信を含むあらゆるエンターテインメント

藤崎:高い好感度が出ているのですね。そのように熱狂的なファンが多いのは、ディズニー傘下にある局だから、あるいはディズニーのファンの基盤がある、ということなのでしょうか?

室井:必ずしもそういうわけではありません。もちろん、熱心なディズニーのゲストにもお楽しみいただいていますが、ディーライフの場合、海外ドラマのファンが多く、上質な海外ドラマが全部無料という点が、視聴者の方に喜んでいただけている理由として大きいと感じています。

※「ディーライフ アンバサダープログラム」では、人気ドラマ出演俳優の来日イベントを開催。本人と握手ができる特別枠としてアンバサダーをご招待した。

 

藤崎:海外ドラマのファンといっても、あまり人物像がはっきりしませんが、一定数いるということでしょうか?

室井:ディーライフのミッションは、海外ドラマとディズニー作品を含む、世界の上質な番組を多くの人に見てもらうことですが、海外ドラマとディズニーの2つのファン層は結構異なります。両方見てもらえればありがたいのですが、やはり棲み分けはありますね。

藤崎:ライバルとして想定しているチャンネルはどこですか?

室井:どこかがライバルというよりも、今の時代は、いろいろな形で可処分時間が使われていますので、チャンネルに限らず視聴者の限られた時間を、どれだけディーライフに割いてもらえるか、という考え方でいます。

藤崎:それはおもしろいですね。普通はターゲットが似通ったチャンネルをベンチマークにすると思いますが。

室井:今はどんなビジネスであっても「選ばれる」のが難しい時代です。そうした環境で発展していくためには視野を広く持つ必要があります。世の中には、エンターテインメント系のコンテンツは、今や無限に存在しているので。

視聴者を横串でつなぐマーケティング手段がない

藤崎:今までのマーケティング上での課題や、アンバサダープログラムにかけた期待などを教えてください。

室井:ディーライフのプロモーションはこれまで、基本的に番組をフックにした活動でした。もちろん現在も続けています。新しい番組がスタートするごとに、興味がありそうな方の目に届くように宣伝を行っていくのですが、とにかく番組は次々にスタートするので、1つ1つの打ち手がその場限りのものになってしまいがちで、継続的な効果を得るのが難しいと感じていました。

ある番組を知って興味を持ってくれた方が、その後もディーライフとつながっていく流れを作るのは、番組が終わってしまうととても難しいのです。ドラマ出演者の来日イベントなどを行っても、その場では大変盛り上がりファンの方にも喜んで頂けます。しかし、いくら熱量があっても、イベントが終われば全て消えてしまい、せっかくのつながりもそこで切れてしまいます。

そこで、ファンを横串しでさして、長い期間つながって行けることはできないか、とずっと考えていました。

藤崎:なるほど。これはとてもユニークなケースだと思います。番組ファンという枠を超えて、もう少し大きな視野からディーライフというチャンネルのそのもののファンを発見して、中心にしていこうと考えたわけですね。

室井:アンバサダープログラムはファンと継続的につながっていけるので、私たちの悩みの解決につながると考えました。

ファンに成果を求めてはいけない

藤崎:実際に取り組まれて、いかがでしたか。

室井:最初にファンの方々とキックオフミーティングを行いましたが、そのあとしばらくは私たち事務局からの情報提供に終始してしまい、アンバサダーの方に話題を広げてもらうのを見守るような体勢になっていました。

当時のやり方には反省点がいろいろあります。特にお金をかけた施策なら、それだけの成果を数字で出さなければならないと考えていたのは、今から思えば間違いでしたね。

藤崎:マスマーケティングのスタイルから抜けきれなかった?

室井:その通りです。アンバサダープログラムは「人を介した新しい媒体」という認識が強かったのかも知れません。活動のゴールも、アンバサダーにどのくらいの数をクチコミして頂けたかとか、ディーライフの認知向上にどのくらいつながるのか、などを目標にしていました。

しかし、実際にリーチの伸びなどを見ただけでは、アンバサダープログラムの成果がよく見えてきませんでした。一部の方は、プログラムに参加する前も、すでにたくさんの情報発信をしてくださっていたことも関係があったと思います。

藤崎:マス広告では、例えばTVCMのオンエア量を増やすとリーチが増えますが、アンバサダープログラムでは予算に応じてすぐにクチコミやリーチ数が伸びるわけではないですからね。

室井:そうなんです。しばらくやっているうちに、「あれ、もしかしたらこういう風にやってはいけないのかな」と感じるようになりました。そもそも、アンバサダープログラムというのは、直接の見返りや短期的な成果を目的にしてはいけないのではないかと。

藤崎:重要なポイントかも知れませんね。ファン重視のマーケティグ成果は、マスマーケティングの成果とは違うということですね。今までとは違う発想が必要なので、切り替えが難しいのも当然です。

室井:新しい経験だったにも関わらず、古い尺度で、成果を測ろうとしていたのです。まずは「数で成果を測る考え」を改めないといけないと思いました。

ファンに「ありがとう」と言われる新鮮さ

藤崎:そうした初期の経験を経て、取り組みはどのように変化していったのでしょうか。

室井:クチコミの促進が難航している中、とても喜ばれた施策がありました。ダントツは、海外ドラマ新作の第一話の試写&座談会です。先取り上映し、その作品をどう宣伝するかをアンバサダーの皆さまと話し合う場を作ることで、アンバサダーの方々から熱いコメントや感謝の言葉を頂きました。

もう1つは、海外ドラマでは欠かせない吹替の声優さんが登場するイベントに、アンバサダーの方を優先でご招待したことです。当日は吹き替え体験もして頂き、とても喜んでもらえました。それらの経験を通して、「ファンとつながるというのは、こういうことかもしれない」と思うようになりました。

※放送開始前のドラマの先行試写&日本語吹替版の声優トークイベントに、アンバサダーをご招待。

藤崎:ファンの仕事に期待するというよりは、まずはファンに喜んでもらえる取り組みに重点をシフトしたわけですね。

室井:そこに気付いてからは、とにかくどうしたらファンの満足度を上げていけるかに重点を置くようになりました。

藤崎:大きな方向転換ですね。ファンマーケティングは熱量が大事です。一般にマスのように薄く広くでは意味がないと言われています。濃く深く、相手に届く施策にシフトしたのは正解だったかも知れませんね。

室井:私たちも今までファンに何かお返ししたいと思っても、どうしたら喜んでもらえるのかわかりませんでした。ですから、イベントでのアンケートで、とても良い評価をもらえ、逆に驚きました。

藤崎:どういうことですか?

室井:イベントでは「ありがとう」と言ってくださる方がとても多いのです。「ディーライフさん、いつもありがとう」「待っていましたよ!このドラマ」などといった言葉です。視聴者の生の気持ちに直接触れる機会は少ないので、とても新鮮でした。ファンの方々から「社員と話して楽しい」とお聞きし、ありがたかったです。

藤崎:どのアンバサダープログラムでも、社員の方とお話できる体験は、ファンにとってうれしい体験のようです。

室井:アンバサダーとのイベントに参加した社員が口を揃えて言うのは、「アンバサダーのみなさんは本当によく見てくださっているし、番組やドラマに関する知識もすごい」、ということです。私たちは、むしろ教えてもらう側にまわっています。

テレビというのは困ったもので、各家庭のお茶の間に上がり込んで行かない限り、番組がどのように視聴されているのか、送り手側は知ることはできません。「こういう方たちが見てくださっているんだ」と分かった時の実感は、社員全員にとっても非常に良い経験です。これはアンバサダーに会った社員全員の感想です。

藤崎:どんなにユーザー調査や市場調査をしても、レポートの文面で知るのと、ファン本人に会うのはまったく違いますものね。

自然と出てきた「アンバサダーに聞いてみたら?」

藤崎:ファンの方々と会ったことで、社内でも変化があったのでしょうか。

室井:当社でアンバサダープログラムを行ったのはディーライフだけですので、まず社内のあちこちから、「あれはどうやってスタートさせたの?」と聞かれました。

また、生の視聴者と出会うという体験は思っていた以上に大きいものがあり、社内でのアンバサダープログラムへの評価はとても高いです。その結果、「このプロモーションについては、アンバサダーに聞いてみたら?」などという声が社内から自然に出てくるようになり驚いています。

藤崎:社員にとってもアンバサダーが大切な存在になってきているということでしょうか。

室井:アンバサダーは社員ではありませんが、外部にいるパートナーといった感じです。ご意見番というか、重要な情報ソースとも言えます。最初は、社内からアンバサダーを意識する声があがることは考えていなかったので、今では大変価値が高い取り組みだと感じています。

今回のポイント

・関心の深いファンの存在には気づいていたものの
・ライバルは、配信を含むあらゆるエンターテインメント
・視聴者を横串でつなぐマーケティング手段がない
・ファンに成果を求めてはいけない
・ファンに「ありがとう」と言われる新鮮さ
・自然と出てきた「アンバサダーに聞いてみたら?」

今回のまとめ

今回、一番衝撃的だったのは、ファンに成果を求めてはいけないことに気づいた、というお話でした。室井さんはマス広告の経験から、最初は「認知向上にどのくらいつながるのか」「クチコミのリーチは伸びたのか」など、「数で成果を測る考え」をお持ちだったとのこと。しかし、途中で違う尺度が必要だと気づきます。ファンを媒体と考えるのではなく、一緒にマーケティング活動を行うパートナーと考えることが大切だということがよくわかりました。

インタビュー:藤崎実
写真撮影:四家正紀

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

Author Profile

吉田朗子
吉田朗子Marketing Assistant
広告の企画制作の会社から、バンクーバーでのワーキングホリデー経験をへて、アジャイルメディア・ネットワークに入社。ファンベースやアンバサダープログラムなどの事例を紹介してきます。 と、いう建前のもと「伝わる」コミュニケーション施策を勉強中です。
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2018年12月4日


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