デルが記事広告の出稿をやめた背景、ファンが執筆する記事は「目線」が違う
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今回のゲスト
横塚知子(よこづかともこ) デル コンシューマー&ビジネス マーケティング統括本部 コンシューマー マーケティング部 部長
大学院卒業後、ベンチャー企業を経て、2005年からデルへ。入社初年度に海外勤務を希望し、1年間中国に赴任。現在は、日本市場のコンシューマー&ビジネスマーケティングを担当し、ダイレクトビジネスの推進およびブランディングの強化にあたる。2016年12月末には「デル アンバサダープログラム」を新規に立ち上げ、ダイレクトビジネスの原点とも言えるユーザーとの直接交流に力を入れている。
※本記事は、企業向けにアンバサダープログラムを手掛けているアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)の藤崎実が執筆したものです。
(左:横塚知子氏、右:藤崎 実氏)
モニター座談会で予想を上回る成果
藤崎:実際のファンに会って、「数多くのリーチよりも、いかに重みのある1リーチが重要か」を実感したのはいつですか。
横塚:2017年6月9日に行った第1回目のアンバサダー座談会の時です。モバイルノートパソコン「XPS 13」の1カ月間のモニターを終えたアンバサダーの方々に集まって頂き、2時間のイベントを開催しました。そのイベント前後で行ったアンケート回答が劇的に変わっていたんです。
藤崎:どんな項目が変わっていたんですか。
横塚:「製品をどのくらい理解したか」「製品をどのくらい薦めたくなったか」といった推奨度のスコアが、大幅にアップしていました。たった2時間のイベントでこれ程変わるとは思っていませんでしたので、本当に驚きました。
藤崎:アンバサダープログラムを始めるまでには不安もあっただけに、喜びもひとしおだったと思います。座談会当日の進行についても、お聞かせください。
横塚:最初に私から自己紹介と挨拶を行い、次にスタッフから新製品を紹介しました。続いて、パートナーでありアンバサダー的な立ち位置の方から、自転車業界や音楽業界における「XPS 13」の具体的な活用事例を紹介しました。また、プロダクトを担当しているシニア・バイスプレジデント兼ジェネラル・マネージャーのRaymond Wah(レイモンド・ワー)が来日し、「XPS 13」が誕生した経緯や開発秘話を話しました。
藤崎:シニア・バイスプレジデントからのプレゼンテーションは、アンバサダープログラムに対するデルの本気度が感じられます。
横塚:「XPS 13」に込めたデルの思いやこだわりをアンバサダーにきちんと伝えたいと思いましたので、同時通訳も入れました。デルのコンシューマー向け製品について、デルの責任者が日本のお客さまに対して直接説明したのは、この時が初めてでした。
これらが一通り終わったあと、4人程度の少人数のグループに分かれて、1カ月間「XPS 13」を実際に使用してみた感想を製品担当者にフィードバックしていただきました。その後は、みんなで食事と会話を楽しみ、あっという間の2時間でした。
藤崎:密度が濃いですね。
横塚:金曜日の夜です。普段なら大切な人たちや気の置けない友人と楽しい時間を過ごしている時間帯に、わざわざ時間を割いて集まっていただいているわけですから、アンバサダーの方々には絶対に楽しんでいただきたいという気持ちがありました。どうしたらリラックスしていただけるか、参加してよかったと感じてもらえるかを常に考えながら進行しましたので、大変な部分もありましたが、本当にやりがいを感じました。
藤崎:製品への理解を深めてもらえるかが重要なのですね。
横塚:理解を深めるために、ある程度の時間を取って、実際に会って話すことがとても大切ですよね。たとえば恋愛関係でも、相手をもう少しよく知りたいという段階では、食事に行きますよね。お互いのことをゆっくり話して、ああでもないこうでもないと会話をすれば、今まで以上にお互いが理解できますし、もっと好きになりますよね。だからやっぱりきちんと時間を取って、共通の話題について、共通の言語で話すのは、とても重要なことなのだと改めて思いました。
横塚:1リーチの重みの違いですよね。マスの1リーチと、アンバサダーの1リーチは、全く異なる性質だと言えます。
藤崎:アンバサダープログラムの取り組みを実現できたのは製品を心から愛してくださるファンがいるからだと思います。製品の裏側にきちんとしたデルの思想があり、それに共鳴したファンがいるからこそ、もっとブランドについて知りたいという積極性が生まれているのだと思います。
横塚:確かに、積極性が違うと、私も感じます。というのも、イベントを進行する中で、アンバサダーのみなさんが「変わる瞬間」を何度も目の当たりにしたからです。こちらの話に強い興味や関心を持ち、深く聞き入った瞬間、みなさんの表情が本当に変わるんです。
「今、まさにブランドへの理解を深めて頂けた」と、一人ひとりの変化をリアルタイムで感じられることが、直接的な交流イベントを開催する際の最大の醍醐味だと思います。大ヒットCMを制作し、世の中にブームを起こすようなタイプの変化とは異なりますが、目の前にいらっしゃる方の認識に新たな変化をもたらし、「これは本当に素晴らしいものだ」と実感してもらえる瞬間に立ち会えるというのは、本当に大きな意味があります。
藤崎:デル社内へのインパクトはいかがですか。
横塚:「アンバサダープログラム」は、これまでにはなかったデル社員とファンとの直接交流の場ですので、座談会にはプロモーション、広報、プロダクト担当、店舗スタッフなど、社内のさまざまな関連部門からも大勢の社員が参加しています。店舗スタッフはお客さまと直接やりとりする機会があるとはいえ、必ずしも店舗に熱狂的なファンが来るとは限りません。プロダクト担当者も、販売した製品が実際にどう使われているか直接聞く機会はほとんどありませんので、お客さまが製品のどこに共鳴しているのかも本当のところはわかりません。私たちは「ここがすごい」と思って宣伝していたのに、お客さまから見たら「いえ、こういうところが気に入っています」と意見をいただくこともあるからです。
藤崎:なるほど。お客様の声やフィードバックは、どの社員にとっても貴重なんですね。座談会では、アンバサダー2人に1人の社員がつくというお話ですが。
横塚:2時間しかない貴重な直接交流の場ですので、アンバサダーが私たちに気兼ねなくフィードバックしたり、質問したりできるよう、社員がそばにつくようにしています。
ペイドメディアには絶対できない記事が次々と生まれている
藤崎:アンバサダープログラムによって、コアなファン一人ひとりに製品や企業への理解を深めてもらえたことは大きな成果だと思います。他の成果についても教えてください。
「XPS 13」のモニターを兼ねたアンバサダーの座談会は、2017年11月に第3回目を開催しましたが、毎回、何百というツイートやソーシャルの投稿、ブログ記事が発信されています。
お金を払って記事を制作する場合も、5本も10本もつくろうとしたら、かなりの時間と労力がかかります。それに比べて、アンバサダーは、発信するスピードが全く違います。これって、本当にすごいことだと思うんです。
藤崎:やはり、ファンが書く記事は熱量が違いますよね。
横塚:私自身、雑誌の記事を読んでいてページの端に「PR」という記載があると、なんだ広告かと興ざめしてしまう反面、プロダクトに関する記事を世に広めるには、広告に頼らざるを得ない部分も少なからずある、とこれまでは感じていました。
藤崎:記事広告やスポンサードの記事は、今はどのくらい出稿されているんですか。
横塚:実は、アンバサダープログラムを始めてからは、お金を払う記事はやめたんです。今は、基本的にアンバサダーに書いてもらう記事と報道メディアによる記事だけに絞っています。また、新製品発表会にもアンバサダーをお招きするようにしました。メディアの記者の方、パートナーの方に加えて、アンバサダー記者という立ち位置です。
藤崎:海外にもプレスとアンバサダーを同等に扱う事例がたくさんあります。ファン代表の彼らを重視することで、企業への好意度も高まるようです。また、アンバサダーが書く記事は、そもそもメディアの記者が書く記事とは全然違いますよね。
横塚:熱量もさることながら「目線」が違います。例えば、プレス発表会に参加した方は、新製品だけでなく、会場の様子やスタッフの様子も書かれたりします。また、座談会に参加した方は、「デルの座談会に行って、製品はこうでした」に加えて、「デルの社員と話してみて、こう思いました」といったことも書いています。このように、アンバサダーの方々が消費者に近い目線で積極的に発信してくださることで、その記事を読んだ一般消費者が、デルブランドへの理解や信頼を深めることにつながっていると感じています。
また、イベントに参加されたアンバサダーからも、「デルは外資なので、なんとなく無機質なイメージを抱いていたが、実際に話してみると全然違っていた」という感想や、「直接交流の場を企画してくれてありがとう」というお言葉をいただいたくことがあります。企業とファンという関係を超えて、人と人との関係になっていることに、デルの社員として、アンバサダーの取り組みを始めて本当によかったと感じています。
藤崎:いいお話です。アンバサダープログラムの本質的なポイントは、そこにあると思います。
横塚:アンバサダーの方々が書く記事は、お金を払って書いてもらう記事と違って、どれだけその製品やデルが好きなのかといった個人の気持ちが入っています。彼らの言葉には嘘がなく、熱意であふれていますので、それが説得力を生み出しているんだと思います。
藤崎:横塚さんご自身が体験された洗濯機のエピソードもそうですが、自分が本当に良いと思ったものを人に薦める時は、説得力が違います。
横塚:やはり自分が好きなものは、きちんと伝えたいですから、相手にわかってもらうために努力すると思います。どのように書いたら伝わるか、どういう写真であればわかってもらえるかなど、かなり考えるはずです。アンバサダーは、このような目線をお持ちなんです。
藤崎:「消費者目線」で、しかもお金では買えない「気持ち」まで書いてくれるわけですね。
消費者の購入行動は、企業コミュニケーションの結果
横塚:アンバサダープログラムを始めた時に知りたかった「なぜデルの製品を買ってくれるのだろう」という疑問の答えは、アンバサダープログラムを通じてよくわかりました。
企業側の人間として私が学んだことは、「消費者にとって購入の決め手は、製品のスペックだけではないこと」と、「人が何かを選択するのは、あくまで企業と顧客のコミュニケーションの結果だということ」です。つまり、「コミュニケーションを通じて顧客にどれだけ企業の思いが伝わり、理解され、購入という行動に結びついたか」なのです。
藤崎:お客さまは、企業を人のようにとらえます。だから製品のスペックだけでなく、企業の哲学や働いている人の様子を知ることは、消費者にとって企業の人格を知ることにつながると思います。
横塚:パソコンという製品は、各社こだわりがあると言っても、CPUやメモリなど部品はある意味、同じようなものを使っています。もちろん、デザインや素材、部品の組み合わせなどに違いはありますが、大幅な違いを生み出すことは困難です。こうした制約がある中で、プロダクトだけで勝負し、一位を獲得し、勝ち続けることは容易ではありません。だからこそ、顧客にデルの製品や社員のことをより詳しく理解してもらうアンバサダープログラムに、大きな意義があると思うのです。
藤崎:今後の課題があれば教えてください。
横塚:アンバサダープログラムは、その特性上、メディアから大きな注目を集めることはあまりないかもしれません。また、どちらかと言えば、外交的な取り組みというよりも内向的な取り組みに分類されますので、世間の認知もまだ低いのが現状です。
ただ私は、アンバサダープログラムの取り組みを、今後さらに広げていきたいと考えています。そのためには、一人ひとりのアンバサダーの方と私たちがどれだけ深くコミュニケーションできるかが、大きなカギを握っていると思います。私たちがアンバサダープログラムに真剣に取り組み、参加者を動かす原動力であり続けることで、デルの製品や社員、社風といったさまざまな情報が自ずと発信されていくんだろうと思います。さらには、その情報を目にした消費者が、デルに興味を持ち、製品の良さを知っていただけるようになり、一人また一人と新たな「デルの仲間」のような存在が増えていくのではないかと思います。
藤崎:やはり、人が人を呼んでくるメカニズムが、アンバサダープログラムの本質だということですね。
横塚:はい。強制ではなく、自然に発生するものです。私たちがアンバサダーを動かす原動力であり続けられるよう、これからも継続して取り組んでいきたいと考えています。
藤崎:企業側の熱量は、必ずアンバサダーに伝わりますね。同時に、多彩な人たちがいる企業なんだ、今まで知らなかったけれどデルはこういう企業なんだ、という企業の奥深い情報に触れることも、アンバサダーには重要なんでしょうね。
横塚:デルをもっと好きになってもらうには、もっといろいろな面から知っていただけるようにしていく必要があると感じています。
また、ひとつ付け加えるとすれば、アンバサダープログラムは、私たちデル社員にとっても、貴重な場になっていると感じています。さまざまな部署から参加した社員がつながり、協力し合い、真剣にアンバサダーと向き合うことを通じて、デル社内の絆がより一層深まっていると感じています。
顧客視点とは、コミュニケーションによる相互理解
藤崎:最後に、デルのファンに直接会った印象をお聞かせください。
横塚:本当に素晴らしい方々だと思います。イベント時にはファンのみなさんから感想をお聞かせいただくのですが、製品やデルに対する熱い思いがストレートに伝わってきます。疲れが一瞬にして吹き飛んでしまうほど、大きなパワーをいただいています。アンバサダープログラムは、「人」に依存するプログラムだと思います。
藤崎:自社のファンと接するので、担当者はかなりのエネルギーを使うと思います。人と人のつながりや、人を信じる力も重要です。
横塚:プログラムに対して熱い思いを持てる人でないと、なかなか続かないかもしれません。
藤崎:横塚さんにとって、またはデルにとっての「顧客視点」とは、何ですか?
横塚:顧客視点というと大抵の人は「お客様の声に耳を傾ける」と考えると思います。でも、人間どうしのつながりを考えたとき、それだけではダメだと思います。家族のことを考えてもそうですし、社員どうしや同僚との付き合いでもそうです。信頼関係は、相手の声を聞くだけでは築けません。
とくに子供は、いつも好き勝手なことを言います。「お菓子を食べたい」と言われてお菓子だけを与えていたら身体に悪い。ご飯もお茶も大切なんだよと教えることも大切です。こちらが伝えたことを相手が理解し、相手が何かを返してくれ、そしてまたこちらも相手に返して。やはり、一番大切なのは、「コミュニケーションを取り続けること」に尽きると思います。
お互いがコミュニケーションを取り続けることで相手も何かを理解し、私も相手のことを理解する。この繰り返しこそが、顧客視点だと私は思います。
藤崎:企業からのコミュニケーションによる相互理解は、確かに重要ですね。ありがとうございました。
今回のポイント
・モニター座談会で予想を上回る成果
・アンバサダーと向き合い、直接対話する
・ペイドメディアには絶対にできない記事が次々と生まれている
・消費者の購入行動は、企業コミュニケーションの結果
・顧客視点とは、コミュニケーションによる相互理解
今回のまとめ
アンバサダーによる消費者目線の記事が次々に生まれたことで、記事広告をやめたというお話には驚きました。確かに新製品情報だけでなく、記者発表会の様子そのものをレポートしてくれることは、企業にとってはブランディングにもつながります。そもそも熱量のこもった記事にはお金では買えない価値があります。
商品購入の決め手はスペックだけではないというお話や、企業からコミュニケーションを取り続ける重要性のお話、そして「消費者の購入行動とは、企業からのコミュニケーションの結果ではないか」という指摘には大きな感銘を受けました。広告コミュニケーションをさまざまな視点から考えて実施している私たちの努力は、決して無駄ではないと確信を持ちました。
インタビュー:藤崎実
写真撮影:四家正紀
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。
Author Profile
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藤崎実 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 クリエイティブディレクター
(プロフィール) 博報堂、大広インテレクト、読売広告社、TBWA HAKUHODOでの仕事を経て、アシャイルメディア・ネットワーク勤務。AMN コミュニケーションラボ主宰。多摩美術大学、日大商学部 非常勤講師 ◎日本広告学会クリエーティブ委員、産業界 評議員 ◎日本マーケティング学会/日本広報学会会員 ◎WOMマーケティング協議会 理事/事例共有委員会委員◎東京コピーライターズクラブ会員 ◎青山学院大学、学習院大学 非常勤講師【受賞歴】カンヌライオンズ、OneShow、クリオ賞、NYフェスティバル、reddotデザイン賞、iFコミュニケーションデザイン賞、クリエイターオブザイヤー、Webクリエーション・アウォード、東京インタラクティフブアドアワード、ACC賞、電通賞など多数。