デルがファンとの交流プログラムで感じた、マスマーケティングとの違い
【前回の記事】「ファンの声を直接聞くために社長が全国行脚、ケンタッキーフライドチキンの顧客戦略」はこちら
今回のゲスト
横塚知子(よこづかともこ)
デル コンシューマー&ビジネス マーケティング統括本部
コンシューマー マーケティング部 部長
大学院卒業後、ベンチャー企業を経て、2005年からデルへ。入社初年度に海外勤務を希望し、1年間中国に赴任。現在は、日本市場のコンシューマー&ビジネスマーケティングを担当し、ダイレクトビジネスの推進およびブランディングの強化にあたる。2016年12月末には「デル アンバサダープログラム」を新規に立ち上げ、ダイレクトビジネスの原点とも言えるユーザーとの直接交流に力を入れている。
※本記事は、企業向けにアンバサダープログラムを手掛けているアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)の藤崎実が執筆したものです。
(左:横塚知子氏、右:藤崎 実氏)
デルのファンに会ってみたい
藤崎:2016年末に「デル アンバサダープログラム」が始まりました。横塚さんが、プログラムを立ち上げた経緯を教えてください。
横塚:私はデルに勤めて12年になります。社内でも在職歴は長いほうで、「そんなに長く勤めているの?」と驚かれることもあります。なぜだろうと考えると、私自身がデルを好なことが理由として挙げられます。
デルは私にチャレンジの機会を与えてくれますし、仕事上での刺激的な出来事が毎日あります。働く人も優秀で良い人ばかり。チームとしての一体感もあり、私はとてもいい会社だと思っています。もちろんデルは会社の体質だけでなく、良い製品も販売しています。
ただし私はデルの社員なのでそう思っていますが、ふとマーケティングの視点で世間からどう思われているのか、ファンはどう考えているのか、さらにはリアルなデルのファンはどんな人なのだろうか、と知りたくなりました。
藤崎:ユーザーやファンとの交流は、これまで実施していなかったのでしょうか。
(横塚知子氏)
横塚:デルジャパンは今までアンバサダープログラムやブロガーキャンペーンといった、ユーザーと直接、交流する取り組みは行っていませんでした。もちろん調査でお客さまの声を聞くことはあります。でも、その場合はこちらが用意した質問にユーザーが回答しているだけで、本当の意味での交流ではないですよね。
デルはダイレクト販売を基本としたビジネス展開のため、メーカーの中では顧客との距離が近い企業だと思います。ただ、そんなデルのコンシューマーマーケティング部に12年間も在籍した私でも、アンバサダープログラムの立ち上げまでは、ファンに直接会ったことはありませんでした。
藤崎:それがメーカーの実態なのでしょうか。
横塚:そうですね、意外に思われるかもしれませんが、私たちのような企業は多いと思います。今回のプログラムは「デルのファンはどんな人だろう」という私の強い好奇心から、パンドラの箱を開けるような気持ちでスタートしたのです。
マスマーケティングと購入の間にあるもの
藤崎:怖いもの見たさ、という感じでしょうか?
横塚:正直なところ、怖い気持ちもありました(笑)。本当にデルのファンは存在しているのかしら、たとえ応募フォームを開設してもアンバサダーになるファンがいなかったらどうしよう、といった不安を抱きました。正式に決断するには勇気が必要でかなり悩みましたね。
藤崎:でも、決断したんですね。
横塚:はい。製品の魅力を顧客に伝える場合、マーケティング部や宣伝部の一般的な考え方はテレビCMを打った後にカタログといった具合に、一方的にプロモーション内容をお客さまに知らせる方法です。
多くの会社では、そうした従来から続けてきた手法が主流でしょう。その理由として、マスマーケティングに割り当てられる予算が今なお大きなウエイトを占める一方、顧客との直接的なコミュニケーションの重要性が、まだ十分に認知されていないことが挙げられると思います。
しかし、何らかの製品を買う際、お客さまは企業から受け取った情報を全て鵜呑みにするわけではありません。パソコンの購入検討者は、いろいろと比較した結果、デル製品をオンラインサイトで買ったり、量販店で買ったり、あるいは他社製品を買ったりしています。その段階でお客さまは「何を感じ」「何を思い」、最終的にデルの製品を買う気持ちになったのか。そもそもデルは「どういう風に思われているのか」といったお客さまの思考を率直に知りたいと思ったのです。
(藤崎 実)
藤崎:一般的に、私たちは「企業はお客さんのことをよく知っているはず」と思いがちです。しかし、この一連のインタビュー企画で私が企業の方と会って感じたのは、実は自社の顧客をあまり知らないどころか、具体的な接点がほとんどないという事実です。デルさんの場合も、そういうことでしょうか。
横塚:その通りですね。実際のお客さま、特に自社のファンとの接点は少ないと思います。
藤崎:なるほど。だからこそ、きちんと顧客と向き合いたいと考えたのは、素晴らしいと思いました。
ブランドが支持されるのは製品の魅力だけではない
藤崎:興味深いのは、横塚さんご自身がまずデルのファンだからこそ、顧客に会ってみたいと考えた点です。
横塚:確かに、そうかもしれません。私がデルを好きな理由は、製品だけではありません。会社もここで働く人も含めて、全部が好きなんです。そう考えると、ブランドが長い期間に渡ってお客さまから支持を得るためには、単純に製品が良かったり、好きだったりするだけではダメなんだと思います。
藤崎:ブランドは企業を取り巻く全ての集合で成り立っていると思います。それは製品であったり、そこで働いている人たちであったり、つまり全てが良くないと、良いブランドとは言えないと思います。
横塚:デルの製品を好きな人たちに、デルの社員のことも知ってもらいたいという気持ちがありました。個性と才能のある素敵な社員ばかりですので、実際に会って話せば、理解が深まると考えたからです。
藤崎:企業とファンは、家族のような存在と言えますね。ブランドのファンは、企業理念や企業が行う活動、スタッフの対応などを含めてファンなのだと考えられます。
人に「クチコミ」させる「これが好き!」という力
藤崎:プロジェクトに横塚さんご自身の探究心や情熱が強く影響を与えていたことがわかりました。アンバサダープログラムには、以前から興味を持っていたんですか。
横塚:個人的な興味が強くあったのは事実です。というのも、日頃から自分の生活の中で「これが好きだ!」と思ったものを、人に薦めることがよくあるからです。
誰でも製品やサービスを使って、「これは好きだ」と思ったり、「なんでこんなものを買ってしまったんだろう、もう二度と使わない」と後悔したりすることがありますよね。私の場合、フルタイムで働く妻であり、2人の子供の母でもありますので、とにかく時短に役立つ製品に興味があります。特に便利な家電は家事の時間を短縮でき、自由に使える時間が増えますので、愛用しています。例えば、全自動洗濯乾燥機。洗濯物は夜スイッチを入れておくと、朝には乾いていてあとは畳むだけなので、本当に助かっています。
藤崎:便利ですよね。その愛用の製品を、人にも薦めているのでしょうか。
横塚:はい。そもそも私自身が人から薦められて購入したのです。全自動洗濯乾燥機の存在は知識として知っていても、なぜか自分の生活とは結びつきませんでした。だからずっと夜会社から帰宅し、冬の寒い時期はベランダで洗った洗濯物をかじかむ手で干したけれど、翌日は雨だった、みたいなことが往々にしてありました。昼間は外で働いて、朝・夜で家事をしている人なら、誰もが経験していると思います。
そんな時、人から「どうして全自動洗濯乾燥機を使わないの?夜、スイッチ入れたら、終わりだよ。雨も関係ないし」と薦められて。それで「ハッ」と気づいて、購入しました。実際に使ってみると良さが分かり、自分と似たライフスタイルの女性に会うと薦めるようになりました。
藤崎:ご自身の実感が、推奨につながっているんですね。
横塚:そうなんです。自分の生活を劇的に変えてくれた便利なものは、自然と他の人にも薦めたくなると身をもって体験したのです。
コミュニケーションには「共通言語」が必要
藤崎:アンバサダープログラムの内容について教えてください。
横塚:私がプログラムを始める際に決めたことが、2つあります。1つは、プログラムを始める以上、何があっても途中で止めないこと。もう1つはアンバサダーに「期待+1」の体験を提供するということでした。そのために具体的に何をすべきか考えることから始めました。
知らない人に会う時は、誰でも必ず緊張します。慣れるまでは少々、居心地が悪いですよね。一口に「デルのアンバサダー」といっても、購入した製品や利用歴、年齢、職業まで千差万別です。そんな方々が集まった時に、お互いに語り合える「共通言語」をつくるとしたら、やはりデルの最高の製品を実際に「体験してもらう」ことが一番だと考えました。
そこで、アンバサダーイベントの第1弾は、デルのフラッグシップ製品である「XPSシリーズ」をまず1カ月間モニター体験してもらい、その後に座談会を開催しました。
藤崎:フラッグシップ製品を徹底的に使ってもらえるようモニター期間を1カ月も取ったのは素晴らしいですね。
横塚:大勢のファンを呼んで交流を楽しむ「ファンミーティング」の案も当初は挙がりましたが、やはり製品を実際に使って最高の体験をしてもらい、その後に集まった方が私たちデル社員との会話も充実するはずだと考えました。
藤崎:だからモニターと、その後のイベントも少人数にしたのですね。
横塚:はい、中身の濃さを重視しました。結果的に、成功でしたね。
「1リーチの重み」を実感した瞬間
横塚:とは言え、アンバサダーの募集を開始し、1回目の座談会が終わるまでは、不安な時期が続きました。というのも、テレビCMなどは最悪失敗した場合は途中で中止することもできます。しかし、アンバサダープログラムは一度スタートしたら途中で止めることは簡単にはできないからです。
藤崎:アンバサダープログラムは、一般的にスモールスタートをお勧めしています。
横塚:私もそう考えて小さく始めることにしましたが、最初は応募者がなかなか増えませんでした。加えて、アンバサダープログラムは、社内で広く認知されておらず、私も兼務している状況で、同じマーケティング部の福永に加わってもらいました。
当初、福永には少しだけ手伝ってもらうつもりだったのですが、彼女の細やかな管理と素晴らしい仕事に日々助けられており、本当に感謝しています。彼女がいなかったらと思うと恐ろしい限りです(笑)。現在は、広報部とも連携をとり進めています。
藤崎:アンバサダープログラムは、お金を掛けて大きく立ち上げると、むしろ後戻りができなくなる可能性があります。雪だるまが転がり大きくなるように、だんだんと周囲を巻き込んでいく方法がベストのようです。
横塚:座談会の人数を絞って少人数にしたことと関連しますが、アンバサダーを始めるにあたって、「1リーチの重みが重要」というアドバイスをいろいろな方からもらいました。ただ正直なところ、その時はあまりピンとこず、どこか腹落ちしないというか、本当の意味を理解できていなかったように思います。これまでの私にとっては、どれだけ広くマーケットにリーチし、いかに売上・利益・シェアに影響を与えたかが重視な指標だったからです。今回アンバサダープログラムを新規に立ち上げたことで、同じ1リーチにも「質の違い」があることを強く実感することができました。
藤崎:確かにマスマーケティングは、広く認知を取ることに優れたメカニズムです。そこでのリーチには、ひょっとしたら「重み」はないかもしれませんね。
横塚:一方、アンバサダープログラムでは、「一人ひとりにどれだけ深く伝わるか」を重視しています。まさに、「重みのあるリーチ」を目指すというわけです。今になって振り返ると、イベント初日にその意味が理解できたように思います。私にとってのマーケティングの価値観が変わったと言ってもいいほど、このプログラムに大きな意味があったと思っています。従来のマスマーケティングによる「広域なリーチ」も大事ですが、顧客にブランドを深く理解してもらうには、「1リーチの重み」も大切にしなければいけない、と強く感じました。
藤崎:そうでしたか!
今回のポイント
・デルのファンに会ってみたい
・マスマーケティングと購入の間にあるもの
・ブランドが支持されるのは製品の魅力だけではない
・人に「クチコミ」させる「これが好き!」という力
・コミュニケーションには「共通言語」が必要
・「1リーチの重み」を実感した瞬間
今回のまとめ
アンバサダープログラムを立ち上げるまで、デルのファンに直接会ったことがなかったいう話に驚きましたが、それは多くの企業で一般的なことかも知れません。これは既存顧客への対応がいかに手薄になっているのか、という証かも知れません。
インタビュー最後の「1リーチの重み」の話は刺激的な指摘です。広くあまねく伝えていくことも大事ですが、それが「薄く」なっているとしたら、確かにもう一方では「どれだけ深く伝わるか」を重視した「重みのあるリーチ」を加えた方が、バランスがとれると思いました。
インタビュー:藤崎実
写真撮影:四家正紀
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。