ケンタッキー「カーネルクラブコミュニティ」、購買データを使ったマーケティングの限界感から開設
【前回の記事】「丸亀製麺 好調の秘密は「ファストフードの効率化とは真逆の発想」はこちら
今回のゲスト
塩谷旬(しおや じゅん)
日本ケンタッキー・フライド・チキン マーケティング部 DIGITAL・CRM推進担当 課長
2001年SI企業入社。転職後、エンタメ系・人材系などのWebサイト企画・制作・運営、大手食品メーカーの通販部門・ソーシャル運用担当を経て、2013年に日本ケンタッキー・フライド・チキン入社。DIGITAL・CRM推進担当として、公式アプリ・メルマガ・SNSなどのCRM基盤の構築やデジタルメディア戦略に従事。
ロイヤルユーザーとのコミュニケーションのために
藤崎:2016年8月に開設したファンサイト「カーネルクラブコミュニティ」は、どのような役割なのでしょうか。
塩谷:KFCでのデジタルマーケティングにおけるCRM設計のお話をする際に、いつもご覧になっていただくピラミッド図があります(図1)。
(図1)KFC提供
この図は、お客さまのご来店のきっかけから、購買後の継続的な関係づくりまでの流れをどのメディアが担っているかを表したものです。数字は各メディアの会員数やフォロワー数です。
ピラミッドの裾野から見ていくと、LINE、Facebook、Twitter、InstagramといったSNS、その上には、私たちが一番大事にしたいと考えている公式アプリやメルマガ会員があります。今回、紹介させていただく「カーネルクラブコミュニティ」は、その自社会員向けのサービスです。現在では、図1のピラミッドの最上部に位置する、最もロイヤリティの高い顧客が集まっている自社コミュニティサイトになります。
藤崎:ところで、一般的なピラミッド図では、上の重要な購買層になるほど数は減っていきますが、公式アプリのダウンロード数がとても多いですね。
塩谷:公式アプリとメルマガ会員は重要なCRMプラットフォームです。昨今は、公式アプリの方がありがたいことに急激に伸びており、763万ダウンロード(2017年8月末)になります。しかし、ここまでくるのには様々な問題もありました。
藤崎:詳しく、教えてください。
購買データを使ったマーケティングへの限界感
(塩谷 旬氏)
塩谷:2015年までは、当社が導入している「Pontaカード」による購買データをベースにコミュニケーション戦略を練っていました。Pontaカードの提示率は顧客全体の約30%なので、そこをベースにするのが適切だと考えていたわけです。
そしてコミュニケーションを展開すべく、Pontaカードと連携したメルマガ会員組織「カーネルPontaクラブ」を設立しましたが、開始から2年経過しても顧客全体の数%までしか会員数が伸びませんでした。
これは顧客へのコミュニケーションを行う母数としては少なすぎるので、新しい方針へ舵を切る必要があると考えて、2016年から「デジタルCRMへ再設計」を行うことにしたのです。
これは、これまでバラバラだったCRMのプラットフォームを「カーネルクラブ」という統合IDで有機的に連携し、CRM対象者数の増加と打ち手を拡大する構想です(図2)。
その構想の中で、これまでご提供できていなかった会員とのコミュニケーションの場として「カーネルクラブコミュニティ」が誕生しました。
(図2)KFC提供
藤崎:それは大きな再設計ですね。
塩谷:はい。コミュニティサイトの目標は、コミュニケーションの活性化を通じて、「顧客時間」でいうところの、特に購買後の食べる「消費」段階の把握です。実はそこが設計できていなかったのです。
既存のプラットフォームの役目としては、クーポンやキャンペーンのお知らせを行い、買いに来てもらうことへの情報提供が大きいと思います。しかし本来は、購入後もデジタルを使って情報をシェアしてもらったり、購入商品のおいしさについて発言してもらったりできればベストです。
「ハレ」の要素が強い、ケンタッキーの購買体験を可視化
塩谷:ケンタッキーは、「ハレの日」需要が大きいです。誕生日やお祝いがあると、みんなでバーレルを囲んでワーと盛り上がって写真を撮るという習慣が自然と生まれていて、そこには必ず笑顔があります。
(藤崎 実氏)
藤崎:たしかに、ケンタッキーフライドチキンと家族や友達の笑顔は、ごく自然に想像できます。
塩谷:そうした笑顔が溢れる取り組みをもっと重視したいと考えたのです。もともとソーシャルメディアへのオーガニックな投稿もありましたし、公式アプリではカメラ撮影機能も提供していたのですが、ロイヤルユーザー向けのサービスは強調できていませんでした。もう少し「消費」段階を含めて、お客さまとのコミュニケーション戦略を練り直したいと考えて生まれたのが「カーネルクラブコミュニティ」というわけです。
もちろん購入の「検討」段階の投稿もありますが、どちらかというと「消費」段階から購買のリピートにいたる購買後のタームに重きを置いています。今後、私たちにとって重要なのは、「顧客時間」という概念を基にしたタッチポイントを、もっと増やしていくことだと考えています。
藤崎:お客さまの行動を、「検討-購買-消費」という一連の流れで捉える「顧客時間」という考え方は重要ですね。特に購買後にあたる「消費」段階を把握して、次につなげようという考え方には共感できます。
塩谷:TwitterなどのSNSでは、ファン同士がつながっていることもあると思うんですが、私たちは可視化できていませんでした。そうした観点からも「カーネルクラブコミュニティ」は有効だと思っています。
ケンタッキーフライドチキンは、ファストフードというカテゴライズの中でも、レストランクオリティを大切にしています。その特徴として、サービスも消費の段階も、「絵になる瞬間」が挙げられます。
そこでInstagramのアカウント運営も行っており、オーガニックなファンの広がりや盛り上がりもあります。しかし、ご存知のようにInstagramは写真に特化したコミュニケーションですので、もっと「消費」段階以降で積極的にお客様の声を集めたいと思った時に、ファンサイトという形にすることが有効だと考えたのです。
藤崎:やはり、外部のSNSプラットフォームを使うのと、自社会員のコミュニティをつくるのは、社内にとってもファンの方にとっても意味合いが違ってくると思います。また、「顧客時間」の把握は重要だと思いますが、なかなか御社のように新しい取り組みができない企業が多いのが現実だと思います。
塩谷:当社の場合は、「顧客時間」の提唱者であるオイシックスドット大地でマーケティングを統括している奥谷孝司さんのお力をお借りしつつ、社内への理解促進を行ってきました。幸いマネジメント層の一部からも、お客さまの「検討」や「消費」段階の把握が課題であるという指摘がされていたこともあり、スムーズに実現できたのではないかと思っています。
やはり、「買う前」の段階と、「買った後」の段階がないと、お客さまの活動を次に続けていくことはできません。例えば、売れたとしても、買って頂いた後の体験が悪ければリピートには繋がりません。また買う前の情報提供が悪く不備があれば、お店に行くという行動が起こせていないことが想定されます。
大事なのは、むしろ購買の前後のケアであり、やはり「顧客時間」をしっかり考慮すべきですね。
藤崎:いいお話をお聞きしました。その通りですね。
ロイヤルユーザーが集まり、自発コミュニケーションが盛んに
藤崎:「カーネルクラブコミュニティ」の会員数は現在どのくらいですか?
塩谷:約5万5000人(8月現在)です。昨年の8月にサイトをオープンして以来、会員数は順調に伸びてきています。
(図3)KFC提供
藤崎:コミュニティサイト内の構成を教えてください。
塩谷:コンテンツとしては、コミュニティ管理者から定期的にお題を発するコーナー、ライトに答えられる投票コーナー、キャンペーンのお知らせ、そしてKFCに関する知識を深めてもらうクイズコーナーなどがあります。
また、お客さま同士が自由に発言できる「みんなでトーク」では、ファン同士で会話がかなり弾んでいます。こちらは昔立てたスレッドに対して、さかのぼってレスがついて上がってくるということもありますね。
藤崎:5万人もいると、いろいろなファンの方がいらっしゃいますよね。ヘビーな方もライトな方も楽しめるといった感じでしょうか。
塩谷:5万人の方々は、濃いファンの方々が多いのですが、どなたでも楽しめるように配慮しています。
ケンタッキーについて濃く語り合いたい場合は、「みんなでトーク」というコーナーで行うことになりますが、当初予想した以上にコミュニティ内で自然な会話が生まれていることに私たちも驚いています。
藤崎:すごくいいお客さんが会員になってくださっている印象です。
塩谷:とてもありがたいです。コミュニティサイトは、伸びるも廃れるもお客さまの参加度次第です。反応がなかったらどうしようかと心配していましたので、ホッとしました。
利用者数が伸びているので、これがKPIのように見えるかも知れませんが、実は会員数をことさら増やすためにプロモーションをしているわけではありません。私たちとしては、
薄いつながりがたくさん増えるよりは、熱心な方が楽しんで集える場所をつくりたいと思っていて、数字はあくまで目安です。ただ、思った以上に多くの方に参加していただいているのは素直に嬉しいですね。
藤崎:KPIのお話は、とても共感できます。会員数が増えればいいのかというと、実際はそうではないということですよね。本当に熱心なお客さま同士が繋がることが重要な時代だと私も思います。
塩谷:ピラミッドの下部、入り口の部分であれば、LINEのようなリーチが強いツールを使って何カ月に1度、クーポンを配布するというのはいいと思います。
ただ、そういったプラットフォームでは本当のファンを育てることはできませんし、当社と一緒に行動してくれるアンバサダープログラムのような考え方は難しいと思います。
やはり「数より質」を考える時代になっていると思います。つまり、私たちとしては、コミュニティサイトがどのくらい盛り上がっているのかというKPIを重視したいと考えています。その場合は会員数より、発言数や参加率といったアクション数を見るほうがいいと思っています。
コミュニティ運営では「お客さまを信じる」ことが重要
藤崎:1年以上運営されてきて、現状をどのように捉えていますか。
塩谷:会員も一定数を保ち、反応も順調なので、サービスとして定着し始めているのかなと胸をなで下ろしています。利用してくださっているファンの方にとっては、心地よい空間になっているのではないかと想像しています。
藤崎:運営の体制について教えてください。
塩谷:社内ではコミュニティ担当者が1人おり、定期的に質問や話題を投げかけています。ただ、すべての書き込みにお返事したり、コミュニティ全体の発言に返信をしたり、といった密なコミュニケーションを取るところまでは、まだできていないのが課題です。制作面などの一部業務は外部に協力を頂いています。
藤崎:今、会員のユーザーさんは、どのくらい自由に発言するんですか?コミュニティが荒れる心配はないですか。
塩谷:コミュニティでの発言は、ご自由にどうぞという感じなので、かなり盛り上がっています。もちろん返答が必要な状況があれば、個別対応できるように常時閲覧もしています。
コミュニティが荒れる可能性ですが、確かに開設前は少し心配しました。ただ、メールアドレスを通してお客さま個人が判別できているからでしょうか、今はそのリスクはほとんどないと感じています。運営の協力を頂いている会社からも、こうしたコミュニティは、うまく収まるようになっているというアドバイスもありました。
藤崎:それはすごくいいですね。今は「お客さまを信じる」時代だと思います。
塩谷:私もそう思います。今はコミュニティの場で発言を制約することは不信感のもとになってしまうので、いわゆる検閲は避けたいという話は最初から出ていました。
藤崎:実際にそういう何でも語れる、投稿できる場だからこそユーザーどうしが本音で語り合える話題もあるわけですよね。
例えばカメラメーカーのコミュニティクラブでも、社員からは、自社のレンズ以外の話をすることは御法度です。でも、カメラファンにとっては、他社レンズとの比較は、そもそも購入検討のうえで必須です。そういう場合に社内的にはタブーでもお客さま同士で話して貰えると、とても助かるということがあります。
塩谷:その通りですね。顧客の声に耳を傾けるといいますが、自社の都合でお客さまの声に制限をかけたり、自社に都合のいい発言だけを載せたりする時代ではないと私も思います。お客さまは、あくまで真摯な態度で接したいと思っています。
今回のポイント
・ロイヤルユーザーとのコミュニケーションのために
・購買データを使ったマーケティングへの限界感
・「ハレ」の要素が強いケンタッキーの購買体験を可視化
・顧客時間やタッチポイントをもっと増やしていきたい
・ロイヤルユーザーが集まり、自発コミュニケーションが盛んに
・コミュニティ運営では「お客様を信じる」ことが重要
今回のまとめ
一般に「購買データを集めれば、何かわかるのではないか」と思っているマーケターは多いと思います。もちろんデータには質や量、種類など様々な条件が必要でしょう。しかし塩谷さんは購買データを使ったマーケティングに限界感を感じたそうです。結局のところ、自社の商品に関する、個別のデータがなければ自社の顧客の本当に姿を知ることはできないということだと思いました。
そのために、今までの取り組みを再構築してのファンサイト開設。それはコアなファンの言葉や「顧客時間」を丁寧に把握できるプラットフォームです。最もロイヤリティの高い顧客が集まっているコミュニティサイトと向き合うことで、ケンタッキーさんは今後もさらに発展していくことでしょう。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。