BenQ の日本戦略、クチコミ効果で製品が品切れになったことも
【前回の記事】「世界的なブランド「BenQ」、クチコミ戦略で日本での普及を狙う」はこちら
今回のゲスト
ベンキュージャパン
プロダクト&マーケティング部 マーケティンググループ グループリーダー
下平宗治(しもだいらもとはる)
2005年ベンキュージャパンに入社。WEB管理や直販ショップの立ち上げ、制作、運営に従事し、2007年よりマーケティング担当を兼任。2016年8月よりBenQアンバサダープログラムを立ち上げ。現在はメディア戦略、各種企画立案、Webマーケティング、デジタルマーケティング、ブランディング活動、eSportsイベント活動など、全製品ラインアップの広報・宣伝・マーケティング活動全般を担当。
クチコミ効果で製品が品切れに
藤崎:アンバサダーイベントが好評で、その後に商品が売り切れになった件について教えてください。
下平:それはカラーマネジメントディスプレイ「SW2700PT」を取り上げた2016年11月のイベントです。
イベントでは、まずアンバサダーのみなさんはBenQにとって体験価値を伝えていただける「パートナー」であることを伝えました。そしてカラーマネジメントディスプレイの必要性について話をし、台湾のBenQ本社から来たChris Baiさんも登壇しました。みんなで水族館でのフォトウオークに行った後は、ディスプレイの違いを体験してもらいました。
藤崎:そこで参加者がBenQのディスプレイに衝撃的を受けたんですね。
下平:そのクチコミが出始めるタイミングとECサイトのキャンペーンを重ねた結果、製品が想定より売れて一時的に売り切れになりました。
藤崎:クチコミが購入検討者の参考になったと考えることができるわけですね。
下平:はい。イベントの効果だったと思います。この実績は台湾の本社でも話題になり、BenQのグローバルネットワークでは「アンバサダー」という言葉が一気に一般化しました。私たちの取り組みが結果に結びついたので、非常に良かったと思っています。
藤崎:すぐに成果が出たのはすごいですね。
下平:私個人としても、三つの点で手応えを感じました。
(下平宗治氏)
一つ目は、自分が撮った写真をアンバサダーのみなさんが比較して、ディスプレイの色の再現性の違いに驚いた様子を実際に見られたこと。これはみなさん本当にびっくりしていました。
二つ目は、彼らの体験が彼らの言葉で記事化されたことで、より説得力を増して拡散していくことがわかったのです。これはひとつ目の、彼らの驚きがそのままクチコミのパワーに直結するということを実感しました。良いイベントができた時は、想像していたよりも広く、より速いスピードで本音のクチコミが広がっていくこともわかりました。
その結果、様々な相乗効果も生まれました。Twitterでは現在もクチコミが広がっていますし、想像以上に得るものがありました。
実際、写真用のディスプレイ分野では、日本の有名なメーカーさんが昔から確固たる地位を築いていますが、その一角に当社のブランドが食い込むことができたのはクチコミからもわかります。今後もアンバサダーのみなさんに新しい体験をしてもらうことで「潜在ニーズを掘り起こしていけるのではないか」と、新しい可能性について考えることができました。
(藤崎実)
三つ目は、実際の販売実績にもつながった点です。このイベントで取り上げた製品は発売からしばらく経った時期でした。従ってクチコミが要因となって販売を活性化させたと考えることができるわけです。
大切なのはファンにブランド価値を体験してもらうこと
藤崎:現在3カ月に一度、アンバサダーイベントを行っていますよね。
下平:継続を前提に目的は大きく2つあります。一つ目は「ブランド価値の見える化」で、二つ目は「BenQブランドの価値向上」です。
まず一つ目ですが、私たちはファンの方にBenQのブランドを体験できる機会をできるだけ提供したいと考えています。
藤崎:やはり体験してもらうことが大切なんですね。
下平:ポイントはBenQブランドの「楽しさ」や「驚き」をいかに自分の生活と関連付けて体験できるかです。例えば5月に行ったポータブルプロジェクター「GS1」のイベントでは、実際に使うシーンをよりリアルに体験できるように、ハウススタジオを借りて、寝室やキッチン、リビングなどの各部屋で使用シーンを再現したイベントにしました。このプロジェクターは屋外でも使えるので、映像を外で楽しむことを想定して、テントを実際に張って、テントの中で楽しむ体験コーナーも作りました。
※アンバサダーイベントではハウススタジオを借りて使用シーンをリアルに再現した
藤崎:それは楽しそうですね。BenQさんの姿勢は一貫していますね。そもそもBenQの製品がユーザーにいかに「Enjoyment」を提供できるのか、生活を楽しく変えることができるのか、ということを考えてつくられているからなんですね。
下平:そうした企業姿勢と関係していることですが、BenQは新しいテクノロジーを最初に製品に搭載することが多いブランドです。例えば今は、液晶ディスプレイへのHDMI搭載は当たり前になっていますが、最初に搭載したのは弊社なんです。他には21.5型のサイズでフルHD解像度のディスプレイを最初に販売したのも弊社でした。
藤崎:それは知りませんでした。言われてみれば、液晶ディスプレイにHDMI端子がついたことで、ディスプレイといえばパソコン用だったものが、テレビチューナーやDVDレコーダーなどと繋げるようになって用途が広がりました。確かにそれは「楽しみ方の広がり」です。やはり企業姿勢が大切だということなんですね。
クチコミの相乗効果でブランド価値を底上げしたい
下平:二つ目は、「BenQブランドの価値向上」です。
もともとBenQブランドの認知度向上は意識していましたが、アンバサダープログラムに取り組んでからは、ブランド価値を上げるというさらなるステップアップを目指しています。
具体的には、BenQブランドは今まで「安いイメージ」あるいは「安いけど意外とクオリティが高い」という位置づけで支持されていた傾向があります。今後はそのポジションを引き上げて「価格が多少高くてもBenQブランドを選んでいただける」という形にしていきたいと考えています。
藤崎:具体的にはどういうことでしょうか。
下平:BenQの特徴として製品ラインナップの豊富さがあります。特に最近は高付加価値モデルも増え、用途によってバリエーションが豊富です。例えば同じディスプレイというカテゴリーでもゲーム用とカラーマネジメント用などがあり、それぞれの製品にファンがいます。ですので、それらのファンを大切にすることでクチコミの相乗効果を期待しています。
その先の目標としてはBenQブランドそのものの価値を上げたいと考えています。ユーザーの色々なニーズに高いクオリティで応えるBenQブランドというポジションを築けたらと思っています。
ファンとのプロモーションは台湾本社からも評価
藤崎:台湾本国からのアンバサダープログラムの評価を教えてください。
下平:本社からの評価は非常に高いです。それは最終的に販売につながっているという点が大きなポイントです。ファンを巻き込んでプロモーション活動をする日本のアンバサダープログラムは成功事例として海外でもシェアされています。
藤崎:それはすごいですね。
下平:ただ国によって、インターネットやFacebookなどの利用の仕方や規模も違いがあるので、日本のプログラムが他の国でもそのまま応用できるかというと、また話は違ってきます。
藤崎:やはり各国で状況が違うんですね。日本の特徴はどういう点ですか?
下平:日本はアジア地域の中でも成熟した市場です。消費者のモノを見る目も厳しく、競争企業もたくさんあります。そこは本社も分かっているので、例えば日本で新製品が成功すれば、他の国でも大丈夫だろうという見方にはなっています。
藤崎:確かに日本人の要望は細かいし、市場環境は厳しいと思います。だからこそBenQさんの事例は大変参考になると思います。
ファンと一緒にブランドを育てたい
藤崎:気になる点としてお聞きしたいのは、アンバサダープログラムでの、BenQ本国との目標設定です。話せる範囲で教えてください。
下平:やはり数字としての目標があります。特に冒頭にお話した「SW2700PT」のアンバサダーイベントの影響で製品が品切れになった事例があるので、その成功体験を他のカテゴリーでも応用できないかという話はよく出ます。やはり本国が気にしているのはレビューの数や、SNSでどのくらいクチコミが拡散されるのかなどの数字面です。
ただ、日本側としてはもちろん数字も重要ですが、BenQブランドを長期的にどう育てていくかという視点も大切です。そもそもBenQブランドが置かれている立場が台湾と日本では違います。台湾ではBenQブランドは、日本の有名家電メーカーと同じようなポジションです。ただ日本は競合企業がたくさんありますし成熟市場ですので、それほど簡単ではありません。
藤崎:確かにそうですよね。そもそもBenQブランドを知らない人はまだまだ多いはずです。
下平:ですので、BenQブランドの確立には今、お使いのファンの方の声が大切なのです。
個別の製品それぞれの評判やクチコミが相乗効果をもたらすことで、BenQブランドを全体的に底上げできるはずです。それはきっと販売にも必ずつながるはずです。その一連をどういうふうに見せていくかは、日本法人が本社に対する課題だと考えています。
藤崎:新規参入という意味で、BenQさんの挑戦は素晴らしいと思いますので、私としては応援したい気持ちです。今後の課題や目標について教えてください。
下平:課題や目標はいくつかあります。
下平:まず、「製品がたくさんある」というBenQの特徴は、裏を返せば課題でもあります。それぞれのユーザー層が全く違うので、それをどう統合させるかという点で課題です。
例えば、ホームプロジェクターのアンバサダーの方、カラーマネジメントのアンバサダーの方、eスポーツのアンバサダーの方、みなさん違う属性の方々なので、彼らとどうプロモーションして行くのかは今後の課題です。
その一つの方向として、今は製品ありきで施策を行っていますが、近い将来、製品とは離れて、BenQブランドそのものの施策もできればと考えています。
藤崎:お話の端々に出てくるBenQブランドそのもののファン化ですね。
下平:例えば、掃除機で有名な某メーカーさんの場合、最初は掃除機で有名になりましたが、カテゴリーの違う他の製品も出すようになり、今や「そのメーカーが出す製品だから高いけど良いものなんだろう」というブランドのポジションをつくっています。BenQも、そうしたブランドを目指したいと思っています。
例えば各製品のアンバサダーさんが、自分の関連する製品をお互いに紹介する「アンバサダー交流会」のようなイベントを開催したら相乗効果が得られるのではないか。その結果、BenQブランドが複合的に押し上げられるのではないか、などと考えています。
とはいえ、どの時点で「BenQアンバサダー」といえるような、大きなひと括りにできるかは、まだ見えませんので、あくまで今後の目標です。
BtoBの分野も課題です。今は基本的には一般ユーザーに向けたプロモーションを行っていますが、BenQにはBtoBの製品も多いので、BtoB向けにもアンバサダープログラムを広げられないかと考えています。これは、最初はアンバサダーさんが勤めている会社さんや、その周辺などに向けてかも知れません。いずれにしてもBtoB分野への広がりも課題です。
あとは新しい分野への取り組みも課題です。例えば「eスポーツ」と呼ばれる分野です。
藤崎:海外では「eスポーツ」のプロのゲーマーがいて、集客もすごいそうですね。
下平:eスポーツは北米やヨーロッパで非常に盛んですが、アジアでも韓国やオーストラリアで「eスポーツ」は大人気です。韓国ではオリンピックスタジアムで「eスポーツ大会」が行われ、数万人の席が超満員になるほどの盛り上がりですが、日本ではまだまだそこまでの盛り上がりはありません。ただ今後は、日本も盛り上がると思いますし、弊社としてもそこに協力していきたいと考えています。
大切なのはファンやユーザーの声を聴くこと
藤崎:最後になりますが、下平さんにとって「顧客視点」とは何ですか?
下平:なかなか広義で難しい質問ですね。
ただ、ひとつ言えるのは、それぞれのコトやモノが日本のユーザーに合っているのかどうかを必ず考えるようにしています。本社の意向や製品の方向性というものもあるのですが、やはり海外と日本では環境や習慣も違いますので、そのままユーザーに向けても自分の生活での利用シーンを想像できない場合もあると思うのです。
ここは様々な要因でブレがちになることも多いですし、実現がなかなか難しいこともありますが、ここのコアな部分はいつもブレないように心がけています。
ですので、その製品を使って生活がどんな風に楽しくなるのかは、アンバサダーさんに実際に製品を体験してもらい、彼らの感想や何気ない会話を重視することが大事だと思っています。そこからその製品の真のニーズが見えてくるのではないかと思います。要するにファンやユーザーの声をしっかり聴き、それを中心に置いて進めていくことが、顧客視点なのだと私は思っています。
藤崎:前回のお話にあったように、製品のモニター期間を2週間から1か月に延長することにしたのも顧客視点を重視したからだと思います。
下平:確かにそうですね。企業側の理屈では、モニターの回転率を考え、短期間でモニター期間を終わりにしたほうが、体験できるユーザー数を稼ぐことができます。
しかし、そう考えて実施した最初のモニター施策の反省点は、「製品は良かったけど、もう少し試してみたかった」という声がすごく多かった点でした。それでは意味がないと考えて、次からユーザーの生活に一部になれるように期間を伸ばすことにしたのです。
藤崎:モニターを試された方は、おそらくBenQさんのユーザーを大切にする意思を感じていると思います。そうしたユーザーの視点に立てることが素晴らしいと思いました。貴重なお話、ありがとうございました。
今回のポイント
クチコミ効果で製品が品切れに
大切なのはファンにブランド価値を体験してもらうこと
クチコミの相乗効果でブランド価値を底上げしたい
ファンとのプロモーションは台湾本社からも評価
ファンと一緒にブランドを育てたい
大切なのはファンやユーザーの声を聴くこと
今回のまとめ
台湾や世界では有名なBenQですが、日本には昔からの家電メーカーがたくさんあるので、ブランドの浸透には様々な障壁があったことは容易に想像できます。しかもBenQ特徴でもある製品ラインナップやバリエーションの多様性が、逆にBenQの姿をわかりづらくしている点も否めません。
そこでユーザーからのクチコミ効果で、ブランドの価値を底上げするという戦略です。確かに身の回りのPC好きに聞くと、多くの人がBenQを知っていました。不特定多数の人に広く認知を求めるのではなく、関与度の高い人たちの中で信頼度を上げるというのは、大変現実的で、今の時代に即した戦略なのだと思いました。
※インタビュー・記事:藤崎実
※写真撮影:四家正紀
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。