世界的なブランド「BenQ」、クチコミ戦略で日本での普及を狙う
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今回のゲスト
ベンキュージャパン株式会社
プロダクト&マーケティング部
マーケティンググループ グループリーダー
下平宗治(しもだいらもとはる) 氏
2005年ベンキュージャパンに入社。WEB管理や直販ショップの立ち上げ、制作、運営に従事し、2007年よりマーケティング担当を兼任。2016年8月よりBenQアンバサダープログラムを立ち上げ。現在はメディア戦略、各種企画立案、Webマーケティング、デジタルマーケティング、ブランディング活動、eSportsイベント活動など、全製品ラインナップの広報・宣伝・マーケティング活動全般を担当。
最初は家電量販店で製品販売をしていた
藤崎:まずはBenQさんについて教えてください。
下平:もともと当社は台湾のパソコンメーカー、エイサーグループの一部門としてディスプレイや周辺機器を受け持つ会社として設立されました。その後、エイサーグループから独立し、2001年にBenQブランドのビジネスを開始。現在は、エイサーと資本関係もなく完全に独立した企業となります。ベンキューグループは現在16社で、グループ全体で10万人以上の従業員が働いており、130カ国を超える国で製品を販売しています。
日本では1996年にOEM/ODM先メーカーへの、ロジスティクスおよび修理サービスの会社として設立され、2001年に液晶ディスプレイ、2003年にプロジェクタービジネスを開始しました。海外では総合家電ブランドとして展開しておりますが、日本では液晶ディスプレイやプロジェクターが中心です。ちなみに社名の「BenQ」は「Bringing Enjoyment and Quality of Life」の略で、お客さまの生活に楽しさとクオリティをお届けすべく、最新のテクノロジーとライフスタイルを結びつける製品を生み出すという、コーポレートビジョンから付けられています。
藤崎:BenQブランドが誕生して15年になるわけですね。BenQさんは台湾では、日本でいうソニーやパナソニックのように知名度や信頼があるということですが、新規参入時に日本にはすでに多くの家電メーカーがありました。苦労が多かったのではないでしょうか。
下平:はい。無名な海外ブランドなわけですし、当時は現在よりも海外メーカーへ対する抵抗感が高かったため、苦労しました。
藤崎:現在にいたる過程についてお聞かせください。
(下平宗治氏)
下平:まず日本でビジネスを始めた当時は、現在ほどインターネットが普及していませんでしたし、ネットショップで物を買うというスタイルもまだそれほど一般的ではありませんでした。そこで秋葉原のPC周辺機器のショップや量販店さんなど、リアル店舗に製品を置いていただき、販売するスタイルからスタートしました。
当時は、拠点の問題で苦戦しました。日本のメーカーは全国各地に拠点があるところも多く、例えば展示品に不具合が発生したり、新製品の入れ替えであったり、POPが破損したり、キャンペーンの際にも、すぐに店舗に駆けつけて対応が迅速にできます。一方で、私たちは東京にしか拠点がないため、全国の店舗を十分にフォローできないという状況になってしまいました。
藤崎:店舗で製品を展開するのは大変なんですね。
下平:数年、頑張ってきましたが、インターネットの普及とともに楽天市場やAmazonなどのECサイトが台頭してきました。当時のネット通販の魅力は、家に居ながら膨大な商品を見ることができ、簡単に探すこともできて、店舗に行かずとも自宅に届く。そして、価格的なメリットがあったという点だと思います。ですので、当時は「リアル店舗に行き、実物を見てから、ネットで買う」というお客さまが見られました。
弊社も徐々にネット通販での販売が増え、自社のダイレクトショップでの展開もスタートさせた経緯があります。
藤崎:ネットの普及が追い風になったということですね。
下平:はい。また最近では、高付加価値の価格帯が高いモデルも展開しています。そうした製品は、買う前に実物を触ってみたいという声も多くなってきました。つまり製品を体験したい方が増えてきたのです。そこで、秋葉原を中心とした一部ショップで店頭展示を行っています。店頭には、店員さんの細かな説明や、相談にものってくれるなど、ネット通販にはない魅力があります。全国的な量販店での取り扱いを進めていくのは難しい状況は変わりませんが、弊社がしっかりとフォローできる範囲で店頭展示も進め、リアル店舗での販売も伸ばしていきたいと考えています。
インフルエンサー施策の限界からアンバサダープログラムへ
藤崎:アンバサダープログラムに、取り組む前の施策について教えてください。
下平:当社の店頭販売が少なくなったため、新しい発想で広告やプロモーションに取り組みを始めました。その一つにインフルエンサーに製品を紹介してもらい、その声を集めて「まとめサイト」にする企画がありました。店頭で触れる機会がほとんどなくなってしまったため、レビュー記事を参考にして、自分の使用イメージと重ねてもらう狙いです。
(藤崎実)
藤崎:なるほど。徐々に、クチコミ重視になってきたのですね。
下平:もともとBenQは日本では知られていないブランドのため、クチコミの重要性は店頭販売していた当時から高かったですが、ネット販売の比重が大きくなってからは、より重要になってきました。ただ、そうした施策を続けて実感したのは、インフルエンサー施策は残念ながら、単発での取り組みになってしまう点です。
藤崎:単発での限界ということでしょうか。
下平:私たちの課題は、大きく3つありました。1つ目は「長期的な視点」です。本来クチコミは継続が大切です。同じクチコミ領域で力を入れるなら、単発で終わってしまうインフルエンサー施策ではなく、長期的な視点で取り組んでいきたいと考えていました。
2つ目は「ブランドのファン育成」です。製品に興味を持っていただいた人には、せっかくですので、できればBenQブランドそのものにも興味を持ってもらいたいと考えていました。つまりブランド全体を考えた上でのBenQブランドのファンづくりです。そのためにはブランドをよく知ってもらうような特別な取り組みが必要でした。
3つ目は、「ファンとの継続的で緊密な関係づくり」です。インフルエンサー施策を行っていたとき、すごく良い体験をされたユーザーがいたのですが単発の取り組みでは彼らとの関係が一度限りで途切れてしまいます。それは企業としたら、もったいないことです。彼らと継続的なコミュニケーションを行うことで、もっと彼らとの距離を縮めて、深い関係づくりを行いと考えていました。アンバサダープログラムを始めた理由は、これら3点の課題解決にも繋がっています。
藤崎:やはり長期的な視点が重要なんですね。
ユーザーはクチコミを頼りにしている
下平:実際に製品が売れている場所では、クチコミが大きなウェイトを占めている現状があります。例えば、Amazonですと、当社のディスプレイで一番売れている24型の製品に対するクチコミが1500件ほどあります。3年半くらい前の製品ですが、未だに24型というだけでなく、モニター全体としても一番売れている製品になるかと思います。
Amazonのクチコミは、特に当社が何かプロモーションを仕掛けたということではありません。実際にお客さまが製品を選ぶ際に、製品を知る一つの手段として、お客さま同士で情報を共有するクチコミが活性化していて、大きなウェイトを占めていると考えることができます。
このクチコミや、製品を実際に買われた方のブログなど、BenQの製品は店頭でほとんど販売していないので、購入した方も積極的にクチコミをしてくれているようです。もちろん購入希望者も、検索などで購入した人のクチコミを探しています。今や私たちのビジネスを支えているベースにクチコミがある以上、本格的に取り組もうということで、長期的な取り組みであるアンバサダープログラムに踏み出したというわけです。
藤崎:現在、アンバサダープログラムとして多くの施策を積極的に行っていますね。「アンバサダーイベント」「アンバサダーへのモニター」「アンバサダー&インフルエンサーによるレビューのまとめサイト」「月2回のメルマガ発行」「アンバサダーに対するMVP施策」など。この2月に横浜で開催された“カメラと写真のワールドプレミアショー”「CP+(シーピープラス)」でも、BenQのブース運営にアンバサダーにスタッフとして参加してももらっていたり。
下平:そうですね。「アンバサダーイベント」は3か月に1度くらいの実施ですが、ブランドへの理解につなげる良い機会ですし、一方、弊社は「体験」を一つのキーワードにしているので、「製品モニター」も大変重要な施策です。
藤崎:詳しく教えてください。
ユーザーにブランドを日常の一部として体験してもらいたい
下平:私たちはユーザーの方に、BenQブランドのクオリティを体験してもらい、生活の変化を実感してもらいたい、という考え方が基本的にあります。そのきっかけとして、製品を体験してもらう「製品モニター」があり、製品モニターをまだ体験していない人に向けてのレビューがある、と考えています。
藤崎:最初に行ったディスプレイの「製品モニター」施策には反省点があったそうですね。
下平:はい。最初のモニター施策ではユーザーへの貸し出し期間は、当社の都合で2週間でした。しかしユーザーのみなさんが自分の家で使い初めて、そのディスプレイがある程度日常に馴染んで生活の一部になるまでには、やはり1か月くらいは必要だったのです。
実は使い始めて「すごく良い」という声が発生したのですが、2週間だと、すぐに返さなければならないので、あっという間に返却日になってしまい、「残念」「もっと長くしてほしい」という声が多く集まってしまったのです。
私たちとしては新しいディスプレイが家にあることによって、自分の生活がどのように変わるのか、その変化を体験してもらいたかったのですが、最初の施策ではそこが十分に達成出来たとは言えず、反省点となりました。そこでそれ以降は貸し出し期間を1カ月にしました。その結果、その変化を実感したユーザーの方々から、モニター製品を返却して元の環境に戻ると、ちょっと物足りない気持ちになるという感想もいただきました。
藤崎:BenQのディスプレイが生活の一部になることで、自分の生活が変わったというのは、すごいですよね。まさにリアルな体験が重要ということなんですね。
成功要因は潜在ニーズの堀り起こし
藤崎:そもそもユーザーはBenQのディスプレイやプロジェクターをどういった用途で使うことが多いのですか。
下平:当社は製品カテゴリーの幅の広さが特徴です。例えば、液晶ディスプレイでもデザイナー向けや、eスポーツ向け、カラーマネジメント向けなど。プロジェクターでも、ホームシアター向け、学校向けやビジネス向けなど、いろいろなものがあります。その中で、アンバサダープログラムとして最初にモニター施策を行った「カラーマネジメント」のディスプレイがわかりやすいので、こちらを例にしてお話させて頂きます。
ご存知のように、カラーマネジメント用ディスプレイとは、ディスプレイの色とプリンターから出力した印刷物や写真の色味を正確に合わせるためのものです。写真を趣味にしている方や広告の写真など、微妙な色が重視される所ではとても重視されています。従来、こうしたディスプレイはプロ向けという位置付けでした。
実は当社は2年ほど前に同じような製品を出したのですが、正直あまりうまくいきませんでした。理由は日本でカラーマネジメントのディスプレイを扱う業界トップのメーカーに対して、正面からぶつかるカタチで、少し価格を抑えた価格メリット訴求になってしまったことだと考えています。
その反省点を踏まえ、今回の製品はどうすればユーザーの需要を掘り起こせるかというところがポイントでした。
藤崎:実は再挑戦だったという点が興味深いです。
「Enjoyment」という企業姿勢に立ち返った訴求
下平:当社のブランドスローガンは、今は「Because it matters」ですが、最初は「Enjoyment Matters」で、もともと「Enjoyment」が一つのキーワードになっています。これは生活の中に当社のテクノロジーをどうしたら楽しいものとして届けることができるかと考えるところから製品づくりがスタートしていることの表れです。
その視点で考えると、最初のカラーマネジメント用のディスプレイは、今から考えるとものすごくハイスペックで価格が高いものだったのです。そのハイスペック路線では、いくら価格を少し低めに設定しても、結局は日本で昔からある業界トップメーカーにいきなり対抗するのは歴史や実績の面からも難しいという学びになりました。
では、どうしたらいいのか。スペックが高くても、そこまで高いものは買わないんだなという反省もあり、もっとBenQらしさを打ち出そうと考えました。そこで最初の製品より若干スペックを抑えてコストダウンを図り、もっとカラーマネジメントを身近に実感できるような、「Enjoyment」して頂ける様な製品づくりを行いました。
藤崎:それはすごいですね。
下平:結局いろいろ調べてみると、写真を印画紙にプリントして写真展に出すような人はあまりいないことがわかったのです。もちろん写真コンテストへの応募者はたくさんいるのですが、今はプリント部門とデータ部門があり、データ部門への応募の方が多いということもわかりました。
藤崎:カラーマネジメントの「プリントを前提としたディスプレイ」という打ち出しが、本当に必要か考え直したわけですね。
下平:そうです。プリントありきという考え方をやめて、まずは製品を体験してもらおうと考えました。アンバサダープログラム開始前に行ったイベントでも、ほとんどの方から「色がこんなに違うというのは知らなかった」「実はこんなに綺麗に自分の写真が撮れていたんだ」と、BenQのカラーマネジメントディスプレイに衝撃を受けている方がほとんどでした。
カメラ本体で20万円、レンズで20万円などと、カメラ機材にお金をかけられているユーザーであっても、ディスプレイのクオリティにはこだわっていなかった、必要性は感じていたもののこんなに色の再現性が違うとは知らなかったという方が多いということもわかりました。
今までのカラーマネジメント用のディスプレイはプリントが前提ですので「プリントしないからそれはいらない」とか「プリントはするけど値段が高いし、ハイスペックのディスプレイを15万円で買うくらいならカメラのレンズを買いたい」という方が多かったというわけです。
藤崎:写真好きの心理はそうかも知れませんね。
下平:そこで「あなたにも実際はきれいな写真が撮れています。カメラにはしっかりとデータが記録されています。きれいでないと思っていたのはディスプレイのせいではありませんか」、「今までの写真で、物足りないと思ってレタッチしていた部分も、クオリティの高いディスプレイモニターでみれば実はちゃんと撮れていることがわかります」ということを体験してもらうと方向性が見えてきたのです。
その驚きや発見をいかにアンバサダーさんに体験してもらうか、違う言い方では、いかに楽しんでいただくか。「Enjoyment」がブランドのキーワードですので、楽しむということをアンバサダーイベントでは重要しようと考えました。
藤崎:具体的にはどんなイベントを行ったのですか。
下平:最初のアンバサダーイベントでは、「色が違う」に気づいてもらうことをテーマにしました。そしてどうすれば、楽しみながら理解を深めてもらえるかと考えた結果、実際に写真を撮ってもらおう、それも自分の撮った写真で比較してもらうのが最も説得力が高いだろう、ということになりました。
そこで水族館にみんなで行き、「フォトウォーク」を楽しんでもらい、会場に戻って、自分で撮った写真をBenQのカラーマネジメントディスプレイと、一般のディスプレイで比較してもらう体験型のイベントにしました。
藤崎:なかなか自分の写真を2台のディスプレイで比較することは、普通はありませんよね。
下平:その後行った、4Kのホームシアタープロジェクターの体験イベントも、アンバサダーの人たちに、できるだけ楽しんで頂きたいと思い、可能な限り大きな200インチのスクリーンを用意して、BenQクオリティを体験してもらいました。その巨大サイズでも髪の毛1本きっちり見える解像度に、アンバサダーの皆さんは驚き、楽しんで頂けたようです。
藤崎:体験してもらう、製品を楽しんでもらう、という姿勢をBenQさんが重視しているのがよくわかりました。今日はありがとうございました。
今回のポイント
最初は家電量販店で製品販売をしていた
インフルエンサー施策の限界からアンバサダープログラムへ
ユーザーはクチコミを頼りにしている
ユーザーにブランドを日常の一部として体験してもらいたい
成功要因は潜在ニーズの堀り起こし
「Enjoyment」という企業姿勢に立ち返った訴求
今回のまとめ
BenQさんの今に至るマーケティング戦略は、まさに「物語」だと思いました。試行錯誤の結果、企業の「今」があるのだと実感しました。日本での新規参入の障壁や営業所のネットワーク問題などを解決するために、次第にネット販売の比重を高めていった過程は、多くの人の参考になるのではないでしょうか。
ユーザー目線の重視も印象的でした。顧客視点を大切にしているからこそ、クチコミを重視して、多くのファンに受け入れられているのだと思いました。
※インタビュー・記事:藤崎実
※写真撮影:四家正紀
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。