1万人のアンバサダーと切り開く洋楽プロモーション(ユニバーサルミュージック)
【前回の記事】「日本の「洋楽」市場を大きくするためのクチコミ戦略(ユニバーサルミュージック)」はこちら
今回のゲスト
石川大樹氏(いしかわ たいき)
ユニバーサルミュージックインターナショナル 洋楽本部 プロモーション部 第2グループ
2015年ユニバーサルミュージック入社。ユニバーサル インターナショナル洋楽本部にて宣伝を担当。アンバサダープログラムの運営・企画立案の他、ユニバーサル
インターナショナル公認YouTuberプログラムなどをはじめとする様々なWEB施策を担当する。
アンバサダーがプロモーションプランを考える
藤崎:アンバサダープログラムの内容を教えてください。
石川:定期的に2つのことを行っています。1つ目はTwitterを活用したプロモーション、2つ目は3カ月に1度のペースでアンバサダーミーティングを開催しています。
Twitterプロモーションは、前回紹介した「ストリートプロモーション」のSNS版といったものです。例えば、新人アーティストの推していきたい曲のプロモーションへの協力をアンバサダーに要請します。
アンバサダーの方々は洋楽に対する関心が強く、もともと良いと思ったものを自発的に発信してくれる人たちです。楽曲の感想を投稿してもらうキャンペーンを打つと、高い確率で参加してくれます。皆さん自分の感想に加えて、YouTubeのURLを貼り付けるなど、いろいろと工夫してくれるわけです。その投稿を見たアンバサダーの友人たちが「どんな曲だろう?」とクリックして聴いてくれる。そして興味を持てば、さらに話題を広げてくれる、といういわゆるSNS上での拡散プロモーションが展開されています。
藤崎:洋楽に興味がない人に振り向いてもらうために、とても効果的なプロモーションですね。
石川:2つ目の「アンバサダーミーティング」は、プログラムの中で一番ユニークな取り組みかも知れません。当社のオフィスにアンバサダーの方々を実際に招いて、アーティストのプロモーション案について、スタッフと一緒に考えてもらっています。我々だけでは思いつかないような意見をもらい、それをプロモーションに反映することもありますね。
藤崎:どのような流れで行っているのですか?
石川:アンバサダーミーティングのメンバーを募集する時は、具体的なアーティスト名やテーマは出さずに「アーティストのプロモーションを考える会」とだけ伝えます。これは特定のファンが集まることを避けるためで、純粋に洋楽が好きだったり、高い関心を持っていたりする方と議論したいからです。そして参加するアンバサダーが決まったら、あらかじめ宿題を出して、ミーティングの当日にスタッフと一緒に考えてもらいます。
先日、ちょうど5回目のミーティングを行いました。我々社員だけのミーティングでは、どうしても作り手側の意見になりがちなのですが、アンバサダーの皆さんからはリスナーとしてのリアルで率直な意見が集まりました。
藤崎:これまでで印象的だったプロモーション案を教えてください。
石川:カーリー・レイ・ジェプセンというアーティストのプロモーションを本格的に始める時に、アンバサダーに「世の中の人に親近感を持ってもらうためのプロモーションアイデア」という議題で考えてもらいました。その時に、「彼女が料理する姿を見ると親近感が沸くのではないか」という意見がでました。
藤崎:料理ですか。それはかなり、おもしろいですね。
石川:確かに面白いので、その意見も参考に朝のエンターテインメントの番組内の料理コーナーで実際に料理をつくって、振舞うという出演にしたわけです。社内だけで考えていても、こういった意見は出てきません。
藤崎:アーティストはテレビに出て歌うことが定番だと思いますが、まったく違う出演方法にしたわけですね。
(石川 大樹 氏)
藤崎:確かにファンとしてみたら、大々的に露出して欲しいわけですから、面白さ優先のアイデアをぶつけてきそうですね。私でもそうすると思います(笑)。
石川:そこで、我々もアンバサダーと付き合い方を変化させています。つまり、一緒にプロモーションを考える仲間になってもらいたいわけです。
(藤崎実)
藤崎:どういうことですか。
石川:ファンの意見を求める一方で、我々から「これはできません」という回答が多くなると議論が前に進みません。せっかくアンバサダーと一緒に考える機会があるので、できるだけ情報を共有するようにしています。単に、「いいですね」という通り一遍の返答で対応するのではなく、「どういう理由でそのプロモーションは難しいのか」というフィードバックを行うようにしています。
その結果、アンバサダーミーティングを重ねていくうちに、「上手にやればできそうだ」と感じられる意見をもらえるようになってきました。
藤崎:まさにアンバサダープログラムの理念のひとつ、“外部にいるファンという名のブレーン”ということですね。
1万クリックの成果
藤崎:アンバサダープログラムの成果について教えて下さい。
石川:「クリック数1万越え」という企画が思い出深いです。これはアーティストの魅力を「iTunesのURL付き」でTitterに投稿してもらうという企画で、インセンティブと当選基準を工夫しました。
まずインセンティブですが、やはりファンはアーティストに直接会ってみたいという気持ちを持っていますので「ミート&グリート(通称:ミーグリ)に参加」という企画を用意しました。そして、その当選の基準を「アンバサダーとしての貢献度」にしました。つまり、くじ引きのような抽選で決めるのではなく、アーティストについて「熱意を込めて語ってくれた人」「つぶきが多かった人」「写真を付けてつぶやいてくれた人」など、ファンの熱量を選定の基準にしたのです。
結果は予想通り、参加率がとても高く大反響になりました。約2週間でツイート数が延べ4千超え、総クリック数も1万を超えました。参加条件を「iTunesのURL付き」にしたことで、クリック数が算出できたわけです。
藤崎:ツイート数よりも露出の方が少ないということは、より多くの人の目に触れてクリックされたということですね。
石川:通常、この手のプロモーションは、どんなに頑張っても結局はクリック数が稼げない場合が多いです。しかし、iTunesのURLが数多くクリックされたということは、私たちにとってかなりの成功と言えます。
藤崎:クリック単価という意味では、通常行うプロモーションよりもはるかに効果を得られたというわけですね。
石川:はい、お金をかけて実施していれば結果は異なっていたのではないでしょうか。やはり、ファンの力は素晴らしいということに尽きます。ありがたいことです。
また、それだけファンが「ミーグリ」を求めていたということでもあります。地方でも行ってほしいという声をかなえるために、東京に加えて大阪でも行いました。
藤崎:アンバサダーからの要望で大阪でも開催してしまうユニバーサルさんの実行力がすごいと思います。ファンの声を形にすることはもちろん理想ですが、従来型のマーケターだと「失敗するのではないか」「実行に移すのが面倒」「会社の組織上うまくいかない」など思ってしまうはずです。
石川:ファンがあっての音楽ビジネスです。アーティスト本人と実際に会うことで、彼らが応援してくれる熱量がさらに上がると思うのです。
我々は楽曲を売ったり、プロモーションしたり、ビジネスをすることでレコード会社が成り立っています。ただ、やはり音楽がもたらす感動を届けるという側面もあるわけです。そこで、売上だけではなく、参加者にとって忘れられない経験の提供も大事にしています。
アンバサダーのネットワークをフル活用する
石川:今、約1万人の洋楽アンバサダーが登録されています。能動的に動いてくれるアンバサダーに直接連絡できるということは、マーケティングにおいても、プロモーションにおいても強みだと思っています。
藤崎:アンバサダーのプラットホームを活用して、ユニバーサルミュージックのみなさんが直接、彼らとやり取りをしているというのは理想型だと思います。
石川:イベントをやる時に「レポーターとして参加しませんか?」と、直接メールを送れます。アンバサダーが組織化されているからこそ、やり取りができるわけです。ストリートプロモーションの時代と大きく違うのは、テクノロジーの進歩によってこうしたつながりが持てることです。
藤崎:現代は、ひとりの人がSNS上でつながっている人数はおよそ100人から300人と言われています。そう考えると「1万人×100人から300人」ということで、ざっと100万人から300万人の規模でアプローチできるネットワークや手法をお持ちだということだと思います。しかもその情報が広告ではなく、アンバサダーの熱意よって伝達されるという点がポイントですね。
他社とのコラボの可能性が生まれている
藤崎:2015年にライオンさんと一緒に行ったイベント「家事フェス」について教えてください。
石川:ライオンさんのオウンドメディア「Lidea」とのコラボレーション企画を進めました。ライオンさんが「家事をする時に聴くといいオススメ曲」を紹介する「家事フェス」というイベントを開設することになり、洋楽好きの一般ユーザーを探していました。そこで、アンバサダーにも「参加しませんか?」と募集をしたわけです。
アンバサダーにも家事フェスに参加してもらい、例えば、お風呂掃除に合う音楽や、気分が変わって掃除が楽しくなる音楽なども一緒に考えてもらいました。実際に、曲を流して体験した様子がLidea上で公開されています。
藤崎:洋楽のアンバサダープログラムをしていたことで社外から、コラボレーション企画が持ちかけられるようになったというわけですね。
石川:他社との連携など、次の展開として行いたいことが生まれました。今後の活動の幅に広がりが出たという実感があります。
藤崎:アンバサダーという組織を持っていると、他社とコラボしやすいということですね。
石川:当社にとっても、アンバサダーにとっても、コラボ先にとってもハッピーな企画にしたいですね。とにかくみんながハッピーになれるという点が、アンバサダープログラムのよいところだと感じています。
藤崎:私はハッシュタグに注目しています。アンバサダープログラムの公式タグは「#ユニバーサル・インタナショナル・アンバサダープログラム」ですが、各アーティストのファンが自発的にハッシュタグを付ける事例が多いですよね
石川:例えばテイラー・スウィフトだったら「テイラーのアンバサダーとして、こうしてください」っていうことを、こちらからはほぼ何も言っていない状態ですが、それでもいまだに「#テイラー・アンバサダー」を付けて、色々呟いてくださる方が沢山いらっしゃいます。
藤崎:嬉しいですよね。
アンバサダーと一緒に洋楽を盛り上げていく
藤崎:今後の課題や可能性などについて教えてください。
石川:アンバサダーミーティングでの議題の設定でしょうか。アンバサダーとはできるだけ実現可能なアイデアを詰めていきたいのですが、その議題の設定が難しいです。自由すぎても、限定しすぎてはいけないということです。
あとはアンバサダーのみなさんとの連携の仕方です。さすがに全部の方が能動的に動いているわけではないので、活性化させる方法について考えていきたいですね。例えば、プレミアステータスとか、ゴールドステータスなど、アンバサダーとしての貢献度でステータスをつくり、ユニバーサルの行うショーケースにスタッフとして参加できるなどもかんがえられます。そういった遊びのような企画も含めて、ファンと一緒に洋楽を盛り上げることは、まだまだ可能性があると思っています。つまり、洋楽を盛り上げる応援者としてバックステージ側に入ってきて欲しいわけです。
藤崎:一つひとつ丁寧に取り組んでいることがよくわかりました。このプログラムのすそ野がどんどん広がればいいなと思います。今日はありがとうございました。
今回のポイント
・一緒にプロモーションを考える仲間になってもらう
・1万クリックの成果
・アンバサダーのネットワークをフル活用する
・他社とのコラボの可能性が生まれている
・アンバサダーと一緒に洋楽を盛り上げていく
今回のまとめ
昨今は、ユーザーの声を商品開発やプロモーションの参考にする、いわば「共創」に注目が集まっています。しかし、消費者がいきなり商品開発するのは難しく、プロモーションのアイデアもどこまで実現性があるのか疑問もあります。つまり、通り一遍の企業姿勢だけで終わるケースも多いと思うのです。
対してユニバーサルのアンバサダープログラムがすごいと思うのは、“アンバサダーにできるだけ情報を共有して、本当に実現させたい”と考えている点です。つまり、実現可能な方向性についてのフィードバックを行い、「一緒にプロモーションを考える仲間になってもらう」ことを目指しているのです。これはできるようで、なかなかできない企業とファンとの関係づくりです。
“洋楽を盛り上げる応援者としてバックステージ側に入ってきて欲しい”という話も印象的です。ユニバーサルさんは、ファンと本気で向き合っていることがひしひしと伝わってきます。約1万人のアンバサダーと一緒に「日本の洋楽シーン」を盛り上げていく取り組みから、今後も目を離せませんね。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。