日本の「洋楽」市場を大きくするためのクチコミ戦略(ユニバーサルミュージック)
【前回の記事】「アンバサダー施策によりSNS上でのポジティブなクチコミが増加(ポータルサイトgoo)」はこちら
今回のゲスト
佐藤宙(さとう ひろし)
ユニバーサルミュージックインターナショナル 洋楽本部マーケティング部 部長
1998年旧ユニバーサルビクター入社、洋楽宣伝を担当。2001年より現ユニバーサルミュージック
インターナショナルで制作編成を担当。2007年チーフ・マーケティング・マネージャー、2009年デジタルマーケティング統括、2013年よりマーケティング部部長。マルーン5、リアーナ、テイラー・スウィフト、アリアナ・グランデ等の多数のプロジェクトを率いる。
洋楽カテゴリーを大きくしたい
藤崎:ユニバーサルミュージックさんのアンバサダープログラムの特徴は、個々のミュージシャンのファンだけを対象にしているのではなく、「洋楽」そのものを盛り上げようという点です。まずは、その意図からお聞かせください。
佐藤:洋楽の良いところはカテゴライズしやすい点にあります。細かく分けるとポップス、ロック、ヒップホップなど色々ありますが、昔から“洋楽ファン”という人たちが存在しました。つまり、洋楽という大きな括りで考えることで、カテゴリー全体を大きくすることができるのではないかとずっと考えてきたのです。
藤崎:個々のアーティストのファン拡大だけではなく、カテゴリーそのものの拡大を目指すわけですね。確かに発展性がありますね。
佐藤:アーティストはそれぞれで個性も売り出し方も違います。その一方で、洋楽全体で括ると、そのカテゴリーの中でのクチコミが波及効果を生んだり、クロスオーバーできたりすることが多いのも事実です。
「本当はAというアーティストを売りたいんだけど、Bというアーティストのファンをくすぐることによって、Aを振り向かせる」みたいなことです。個々のアーティストや作品のファンを増やすためにも、カテゴリーそのもののファンを拡げていこうというのが私たちの発想でした。
藤崎:なぜアンバサダープログラムだったのでしょうか?
佐藤:その説明をするために、まずは音楽プロモーションの変遷について少しだけ紹介させてもらいます。
「ストリートプロモーション」の次を探して
(佐藤宙さん)
佐藤:洋楽のプロモーションは4、5年前まで、「アーティストを日本でどうやって紹介するか」ということが主な仕事でした。我々の宣伝チームが、さまざまなメディアを通じてアーティストを紹介していくのですが、それは当然、レコード会社の理屈でアウトプットしていくものでした。
今はTwitterやFacebookなど色々なソーシャルメディアが普及しています。その中で、レコード会社発のアウトプットだけで情報を伝えようとすることには限界があります。ユーザーがネットで調べれば、いくらでも情報があるからです。
さらには「情報の信頼性」ですよね。我々がいくら「流行っている」という情報を流しても、それが本当かどうかはネットで調べればすぐにわかります。つまり、ネット上でユーザー同士が「これって、いいよね」と盛り上がっていない限り、我々の情報が受け入れてもらいにくい状況になったのです。
藤崎:音楽のプロモーションも難しい時代になったというわけですね。
佐藤:アンバサダープログラムに取り組む10年ほど前から、いわゆる「ストリートプロモーション」に取り組んでいました。これは音楽業界特有のプロモーションだと思いますので、少し解説します。
「ストリートプロモーション」とは、草の根的なプロモーション活動のことです。例えば、クラブなどで活躍しているDJやダンサーにサンプルを渡して視聴してもらい、良かったら広めてもらえるようにお願いします。さらに、そこから発展させて、各地域にいる音楽好きや特定のミュージシャンのファンを集めて、彼らにステッカーなどを配ってもらうことも行います。特に洋楽業界では、ある時期からこうした草の的な取り組みを盛んに行ってきた背景があるのです。
(藤崎実)
藤崎:音楽は趣味性が高いため、マスメディアからの情報ではなく、音楽に詳しい人からのクチコミが効くというのはよくわかります。
佐藤:ただ当時から、約10年たって時代も変わりました。ソーシャルメディアの発展によって、個人が情報発信できるようになりました。そこで、洋楽の知識があり、拡散力を持った人たちに直接情報を共有することで、何か新しいプロモーションができるのではないかと考えるようになりました。
そんな時に「アンバサダープログラム」を知り、まさに我々が考えていることにフィットするのではないかなと思いました。
藤崎:興味深いですね。ストリートプロモーターの声も大事だが、それよりも一般の人の声を重視するということなのでしょうか。
重要なのは「どこまでリアルな声なのか」
佐藤:我々やインフルエンサーからの情報発信も大切ですが、今は圧倒的に一般の人たちの声が重要です。大切なのは、「どこまでリアルな声なのか」に尽きます。
藤崎:「どこまでリアルな声なのか」、いいキーワードですね。
佐藤:「リアルな声」の中身は、三つあります。
1つは「情報の内容」です。いくらレコード会社やインフルエンサーからのアウトプットがあっても、それが本当か嘘か、今のユーザーは色々調べればわかります。そこで、「リアルな声」は、ユーザーの実感をともなったり、事実をベースにしたものだったりしなければなりません。
2つ目は、「情報の近さ」です。今の時代、たくさんの人たちに共感を持ってもらうために大事なのは、彼らのすぐ隣にいるくらいの距離感の人たちがどれだけ話題にしているのか、ということです。つまり、少し前はDJの卵さんからの情報発信でも良かったわけですが、今やそれ以上に身の周りにいる普通の人が影響力を持っています。
3つ目に大切なのは「多様性」です。これは先の2つと同時に成立するものなのですが、例え同じアーティストが好きでも、人それぞれに異なる感想や意見があるということです。
というわけで、その3つの「リアルな声」と、どうつきあうか、あるいはつくり出すかが、我々にとって一番重要になってきたのです。
藤崎:つまり、今までいろいろな手法を使ってきた流れの最新形として行き着いた先が「アンバサダープログラム」だったということですね。
佐藤:そういうことになります。
ファンとの関係づくりが最大の財産
藤崎:企業によっては、「ファンとのコミュニケーションが利益に結びつくのか」「ちゃんと反響があるのか」という話が社内から出て、「アンバサダープログラム」に許可がおりないという例もあるようです。御社の場合は、スムーズに導入できたのでしょうか。
佐藤:音楽を生み出すアーティストにとっての、一番の母体はファンです。アーティストは自身の考え方や伝えたいことを、それぞれ作品を通して表現している人たちです。つまり、ファンが母体となって、アーティストを支えているという関係になります。
もともとファンとの距離感が近いビジネスのため、アンバサダープログラムへの理解も得やすかったと思います。実際のところ、ファンの盛り上がりがスピーディーに我々に跳ね返ってきています。数値的な売り上げだけではなく、「アーティストブランド」にもつながっていると思っています。
藤崎:素晴らしいですね。
佐藤:対象とファンが近い関係にあるというのは一般の商品にも当てはまりますよね。例えば、誕生した背景に物語があるブランドであれば、熱狂的なファンがいますよね。
藤崎:その通りです。本質的には、「ブランドとファン」の関係も、「アーティストとファン」と同じ関係にあると思います。
ネットの発展が洋楽に与えた影響
藤崎:洋楽の売上について教えてください。昔と比べて、いかがでしょうか?
佐藤:洋楽のシェアが音楽市場全体のなかで20%位になっており、80年代や90年代と比べると低下傾向に見えてしまうかもしれません。ただし、それはあくまでもCDのマーケットをみた場合です。日本の場合は、デジタルとCDの合算のマーケットシェアが出せないため数字で表すことが難しいのですが、最近のデジタルでの音楽販売やストーリミングの売上をみると、洋楽は上昇傾向ですよ。
例えば、Apple Musicをみると、上位のチャートはJ Soul Brothersや西野カナ以外は、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデが並んでいます。トップ50のうち約40曲は洋楽なため、人気が低下していることはなくて、むしろ存在感があります。
売上に関していえば、洋楽はCDではなく、デジタルでの購入比率がすごく高くなっています。日本では、どうしても音楽産業の売上としてCDの販売実績を見る傾向にあるので見え方としては小さく見えてしまいますが、デジタルの売上は伸びています。また、ひとたび曲が流行れば、テイラー・スウィフト然り、アリアナ・グランデ然り、ガガ然り、邦楽と同じくらい聴かれるということもアンケートからわかっています。洋楽はニッチなジャンルではないのです。
藤崎:音楽配信での購買を加えると、人気が衰えたわけではないんですね。
佐藤:洋楽をメインに聴いている人の音楽購入の仕方や、聴き方が変わってきているんだと思います。
邦楽の場合は、CDを買えば会えたり、サイン会があったり、付加価値で勝負する手法ですよね。洋楽ももちろん時々やりますけど、ビジネスの方法が少し違う気がします。
藤崎:そうしたインターネットを使って音楽を聴く洋楽ファンと、アンバサダーとの親和性はいかがでしょうか。
佐藤:親和性はとても良いですよね。洋楽が好きで外に発信する人たちは、もともと海外文化が好きだからではないでしょうか。つまり、普段からネットで海外の情報を得たり、ネットフリックスを見たり、デジタルプラットフォームを使っていたり、海外情報に敏感な人たちが多いと思います。
藤崎:たしか、アンバサダープログラムの第1弾のイベントは2013年の12月のアリアナ・グランデでしたね。
佐藤:最初に行ったショーケースライブですね。渋谷で行いましたが、あのときは第1弾ということもあり、単にレポーターとして音楽ファンを招待して「感想を拡散してください」といったかたちでした。今から思えば、他の施策と連動させるなど、もっとプレミアムな価値を高める方法があったかもしれませんね。なんといってもアリアナ・グランデですから、貴重なショーケースだったと思います。
藤崎:感慨深いと思います。あの時のアンバサダープログラムの募集が、今の大成功に結びつき、同じスピードでアリアナさんも大スターになっていったということですよね。
佐藤:本当にすごいスピードですよね。すそ野を広げるという意味では、アンバサダープログラムの最初の入口として、プロモーション色を出すより、ああいうおおらかなスタートはすごく良かったなと思います。
そもそも洋楽アンバサダーという打ち出しは、会社のブランディングにもなっている気がします。例えば、アンバサダーミーティングでは、アンバサダーの方に、このオフィスに来てもらいますが、自分が好きなアーティストの会社と関わる機会は、普通はなかなかないと思います。彼らにそういう機会を提供していることで自社のブランディングにもなっていると思います。
藤崎:ユニバーサルさんの活動は、アンバサダーを通じて日本の洋楽文化を豊かにしようという文化活動にも感じられました。今日は貴重なお話ありがとうございました。
今回のポイント
・「洋楽」カテゴリーそのものを大きくしたい
・「ストリートプロモーション」の次を探して
・重要なのは「どこまでリアルな声なのか」
・ファンとの関係づくりが最大の財産
・ネットの発展が洋楽に与えた影響
今回のまとめ
音楽は、「便利」「使いやすい」「おトク」などといった機能価値とは無縁の趣味性の高い分野のため、プロモーションが難しいと思います。音楽を知るきっかけも、その音楽を好きになる理由も人さまざまで、まさに理屈では人が動かない世界だと思います。しかし、趣味性の高い分野だからでしょうか、いかに音楽好きと寄り添うか、音楽業界は時代の流れを他の業界以上に敏感に受け入れて、柔軟に対応してきたように思います。例えば、「ストリートプロモーション」は、当時の最先端のプロモーションだったはずです。
そして今は、「感度の高いファッションリーダーの発言」よりも、「圧倒的に音楽業界と直接関係のない一般の人たちの声の方が重要」とのこと。「どこまでリアルな声なのか」という3つのお話しも奥が深いものでした。
今は、普通の人の発言が重視される時代であり、まさに「顧客の時代」なんですね。そして洋楽ファンと一緒に「洋楽」分野そのものを大きくする戦略はスケールが大きいですが、実際のところ現実的な戦略です。日本の洋楽文化を担う、素晴らしい話を聞くことができました。
※このコラムは、宣伝会議 Advertimesに寄稿したものの転載です。