クチコミはお客さまからのメッセージである(Sony 「Xperia」)
【前回の記事】「認知率90%からのマーケティング戦略にはクチコミが不可欠(ロボット掃除機ルンバ)」のはこちら
今回のゲスト
笹谷 尚弘(ささや たかひろ)
ソニーモバイルコミュニケーションズ マーケティング部 プロモーション課 マーケティングマネージャー
1996年ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)入社。ゲームソフトの宣伝とメディア担当を兼任し、
2005年から「グランツーリスモ」専属宣伝担当となる。2008年ソニーエリクソン(当時)入社。その後、現職へ。Xperiaの広告宣伝担当としてテレビCM、メディア戦略、キャンペーン企画立案、WEBマーケティング、ブランディング活動、スポンサーイベント活動など、Xperiaの露出に関わる全てを担う。
本当のファンに集まってもらいたい
藤崎:「Xperiaアンバサダープログラム」の大きな特徴は、いわゆる勧誘活動をしていないことだと思います。その理由を教えてください。
笹谷:そうですね、一度だけ雑誌のタイアップ広告と絡めて告知したことはありますが、以降ほとんど勧誘活動をしていません。そのため、みなさん、純粋にご自分で見つけて、興味から参加して下さっている方々です。会員特典のようなものをつけて募集すると本来の目的とは異なるお客さまが入ってきてしまう可能性も高いので、そういうこともしていません。Xperiaが好きで、だからこそいろいろな意見を持っている方々との交流から生まれるものを期待しています。
藤崎:それはすごいですね。以前からクチコミに興味があったということですが。
笹谷:クチコミに関しては、2010年の初代Xperiaの日本導入時に、掲示板方式のファンサイトをオープンしていました。当時からクチコミの可能性をずっと考えてきました。
藤崎:クチコミには、かなり以前から取り組んできたんですね。では、アンバサダープログラムを始めたきっかけを教えてください。
笹谷:きっかけは大きく3つあります。
まず1つ目に、広告というのはそもそも良いことしか言わないものなので、ダメなところを隠さないようにしたいと思っていたこと。2つ目はメーカーとユーザーの関係を「人と人の関係・付き合い方」に近づけたかったということ。3つ目は人の気持ちをきちんと理解してユーザーの感覚や感情を動かす取り組みを探していた、ということです。それは「ハートフル・ダイレクト」というキーワードで言い表せると思います。
私は長年、「次の広告」もしくは「次の販促活動」のあるべき姿を考えてきたつもりですが、それらをアンバサダープログラムに反映させています。
藤崎:それぞれについて教えてください。
笹谷:まず1つ目ですが、メーカーの宣伝マン、あるいは広告業界で働く者として一番の悩みは、「良いこと」しか言えないことです。もちろんメーカーとしては完璧な商品を作っているつもりなのですが、人間と同じで誰にとってもパーフェクトな商品というものは実際のところ存在しません。誰かにとっての使いやすさは、誰かにとっての使いづらさかも知れないというわけです。もちろん欠点が1つあっても、良い所が9つあればその商品は価値が高いと考えられると思います。ただ、そうした事実を広告では伝えづらいというのがあります。
また、「良いこと」しか言えないというのは、広告の信頼感という点で、ジレンマを抱えたデリケートな問題です。実際問題として、生活者のみなさんには良いところと同様に、ダメな部分もきちんと伝えた方が、いろいろと信じてもらえます。しかし広告の宿命としてダメな部分を伝えることはタブーです。
藤崎:なるほど。確かに人間と同じで、「私は正直で清廉潔白です」と自分で言い張る人はどこか信じられませんよね。
笹谷:ですので、良いところも、悪いところも、同じように語ることができて、共有できる場が欲しいと思っていました。極端な言い方をすると、「良いところ」を信じてもらうために、あえて「ダメなところ」も受け止めていく方法を探していたのです。
他社の事例ですが、その企業は自社商品に対して批判的なことを書き込める掲示板をずっとオープンにしています。それが逆に信頼感や企業としての懐の大きさを醸成しているのを見ていて、やはりお客さんの声を拾い上げたり聞いたりする公的な場所を残す必要性をずっと感じていました。
藤崎:それがアンバサダープログラムという場だったわけですね。
笹谷:そうです。みなさんユーザーであり、ファンだからこそ、良いところも、ダメなところも議論してくださいます。広告という立場では、メーカー側からは良いことしか言えませんので、そうした複眼的な視点はとても大切です。商品の良さを信じてもらうためには、そうした多様な意見が大切だという話です。
我々メーカーの人間は、商品を自分の子供として育てていきたいと思っていますが、ご存知のように今やあらゆる商品が成熟期を迎えています。ただ、スマートフォンという分野に関しては、まだ成長の要素が若干残っています。だからユーザーと一緒に、Xperiaを育てていきたいという気持ちが私にあります。
藤崎:なるほど。良いところも、悪いところも、ユーザーと共有しながら、Xperiaをどんどん進化させていきたいということですね。
笹谷:2つ目の理由もずっと考えてきたことです。私はメーカーとユーザーの関係を「人と人の関係」に近づけたいと考えており、そうした関係を築ける場としてアンバサダープログラムを捉えています。
藤崎:詳しく教えてください。
メーカーとユーザーも人と人のお付き合い
笹谷:今や、アドテク分野でのいろいろな進化が話題になっていますが、我々が何かをやる時に絶対に忘れてはいけないのは、相手にしているのは「人間」だということです。つまり、人の気持ちというものは、アドテクや技術の進化に比べて、それほど大きく変わるものではありません。そのため、我々メーカー側がお客さんとコミュニケーションしたい場合、どうしたら人間らしくアプローチできるのかということが重要なんです。これは広告に限らず、プロモーション全般において、私が受け持っている全ての担当エリアで重視していることです。
藤崎:確かにテクノロジーの進化に比べて、人間はそれほど早いスピードで進化するものではありませんよね。
笹谷:我々の企業はある意味、技術メーカーです。だからこそメーカーとユーザーという関係を超えて、人と人のお付き合いが大切だということです。うちの製品に愛着を持つユーザーを増やし続けていくのが私の描く理想です。
世の中を見回しても、最近ユーザーと上手にリレーションする企業が増えてきた気がします。他の業界を見ても、例え一時的に業績が悪くなっても、ファンによって下支えされているブランドは必ずV字回復していると思います。ファンが応援をしてくれ、最後に味方してくれます。「お客様は神様」という言葉がありますが、ファンという存在は本当にありがたいものです。自分でお金を出して商品を買った立場なのに、ブランドと一緒に苦楽を共有してくれる間柄なんてメーカー冥利に尽きます。
藤崎:テクノロジーが進めば進むほど、メーカーとユーザーの間の人間的な関係が大切だという風にも聞こえます。
クチコミはお客さんからのメッセージ
笹谷:2012年に「感覚を揺さぶるもの」というテレビCMを作りました。そのCMで伝えたかったことは、我々から答えを出すのではなく、ユーザーひとり一人が感じてくれることを大事にしたいというメッセージでした。そうしたユーザーを主役にしたコミュニケーションを、CMからの投げかけではなく、もっとユーザーを直接主役に据えておこないたいと思ってきました。それが3つ目の理由です。
「ハートフル・ダイレクト」というのは、我々メーカー側からの発信で人の気持ちを動かすことは至難の技で、ユーザーの感情や感覚から生まれた発言や発信が、人の感情を動かすということです。それはアウトプットとしてはクチコミということになります。つまり、クチコミというのは、お客さんからのメッセージだと私は考えています。
藤崎:なるほど。確かに人に伝えたいことを情報発信するし、そのクチコミが他の人を動かすということを考えると、クチコミとはお客さんからの非常にパワーのあるメッセージだと言えますね。
ユーザーからのネガティブ補完アイデア
笹谷:「Xperia アンバサダープログラム」は2013年12月26日にスタートしましたが、最初に彼らの存在感を実感できたのは「Xperia Z Ultra」が発表された2014年1月22日に行ったアンバサダーミーティングでした。
当時、海外では5.5インチ以上の7インチクラスというファブレットが流行り始めていました。「Xperia Z Ultra」は、その流れをくんだ6.4インチの大型サイズで、片手でキープできる最大のサイズと、できるだけ最軽量を目指して作られたものです。もちろん薄くて軽いので、ぎりぎり片手で持てるサイズですし、女性にとってはカバンに入れて持ち運びしやすいウォレットサイズです。
ただ、人によってはもちろん手におさまらない方も出てきます。使いやすいという反面、大き過ぎるんじゃないかという懸念もあるわけです。片手じゃ持てない、落としそうという方へ向けて、どうしたらいいのかという話になった時、指サックリングというアクセサリーを使えばいいよというアイディアが出てきました。すると、その端末が持つ他のネガティブな部分に関しても、補完するようなアイデアが次々と自発的に出てきました。同じ悩みを抱えている人どうしが共感しあって情報を共有したり、新しいアイデアが生まれたり。そうした活性化がアンバサダーさんのメリットだと実感した瞬間でした。
メリットもデメリットもいろいろある端末でしたので、それぞれの視点で共感するユーザーの声を集めて発信することが、購入を検討している人の参考になるということです。この端末が生きる道は必ずあると思っていましたし、ファンによるいろいろな意見が生まれて本当に良かったと思いました。
藤崎:確かに多様な意見は参考になりますね。また、一見するとネガティブな部分も、その解決方法を知れるというのはいいことです。まさに笹谷さんが目指していた、ダメなことも受け止めることで商品への理解を深めてもらう、ということが実践できたわけですね。
笹谷:ちなみに「Xperia Z Ultra」は、面白い売れ方をしました。通常のパターン通り、発売してすぐに売れた後、一旦落ち込みましたが、落ち込み方が緩やかになった時がありました。ロングセラーとまでは言えませんが、でもずっと売れ続けているようなイメージがありました。アンバサダーの所有率はかなり高いと思いますよ(笑)
藤崎:アンバサダーのクチコミが販売に貢献できているかも知れませんね。
笹谷:そのミーティングがある程度成功したので、社内的にも注目度が高まりました。通常の広告に加えて、アンバサダーの方にレビューを書いてもらおうとか、端末をモニターしてもらおう、などという流れができていきました。
多様な視点を大切にするのもメーカーの役目
笹谷:これだけネット文化が発達して多様化の時代に突入しましたから、いろんな意見、捉え方があるのが当たり前なんです。レビューの記事では、できるだけ多くの方に多くの視点で語ってもらった方が効果的だと思っています。
藤崎:効率論で言うと1回で100万人に届く方法が効率は良いと思いますが、でもユーザーはいろいろな人がいるので、10人とか20人とかのレビューの方がユーザーには有意義なんですよね。
笹谷:そうなんです。今はこれだけインターネットで検索が当たり前になっているのですから、いろんな趣味趣向の方がいますから多様な意見があるべきだと私は思っています。
藤崎:同じ結論だとしても、1人の強大なパワーが言うことよりも、10人のファンが言っていることの方が信じてもらえるというのもありますよね。
笹谷:そうですね。その時にあくまでユーザー目線で、良いことだけじゃない厳しいご意見もそのままにしておかないと、信頼性につながらないという根拠にもなっています。だから、私はXperiaユーザーの信頼を得られるブランドになれるようアンバサダーの方々に鍛えて頂ければと思っています。
藤崎:あくまでユーザーが主役ということですね。
今回のポイント
・本当のファンに集まってもらいたい
・ダメなところも受け止めたかった
・メーカーとユーザーも人と人のお付き合い
・クチコミとはお客さんからのメッセージ
・ユーザーからのネガティブ補完アイデア
・多様な視点を大切にするのもメーカーの役目
今回のまとめ
笹谷さんの問題意識の根底にある「メーカーとユーザーの関係」は、大変考えされられるものでした。笹谷さんは、ひとり一人のユーザーを主役に据え、商品のそれぞれの使い方や、メリット、デメリットなど、できるだけたくさんの意見が商品をとり囲んでいる状態をつくろうと考えています。しかし、それは、ひとつのメッセージを主役に据える従来の「広告」では不可能だというわけです。ダメなところも受けとめて、多様な意見を重視するというお話は「メーカーとしてどこまで誠実さを追求するか」という姿勢に関するお話だと感じました。
メーカーとユーザーの関係を「人と人の関係」近づけたいというお話も印象的でした。考えてみれば、それが本来の企業とお客さんのあるべき関係ではないでしょうか。マスメディア・マスマーケティングが高度に発展した挙句に、スイッチをひとつ押せば、一斉に情報が伝播し、みんなが一斉に振り向くような仕組みをイメージしがちですが、現実はそんなメカニズムはありません。企業とファンの接点をどう捉えるのか。それは担当者の考え方次第です。Xperiaのファンの熱量が高いのも、笹谷さん思いがユーザーに伝わっているからだと思いました。
今日は理念編でした。明日は成果編をお届けします。
※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。