納豆のタレと容器に見る、日本人らしい繊細な感覚。

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【前回の記事】「広告の仕事は、人の幸福について考えること」はこちら

マーケティングで有名な「4P」が、1990年代初めに「4C」として提唱されたことは、以前のコラムでご紹介しました。企業主体の「売り手・企業視点」から発想を転換させて、今後は「消費者・顧客視点」を大切にすべきという指摘は、実は当時から行われてきたのです。その好例として、以前のコラムではペットボトルの四角い形状を取り上げましたが、今回は納豆の容器とタレの小袋についてです。かなり変わった事例だと思いますが、ペットボトル同様に生活に密着した商品だからこそ、顧客視点が反映されてきたと考えることができます。

納豆のタレに、日本人の繊細な感覚を見る

最近、海外で暮らす日本人と話をする機会が増えています。これは私に限ったことではく、グローバル化の進展により、おそらく多くの人が経験しているのではないでしょうか。そんな時、必ず話題になるのが日本と海外の文化の違いです。

日本の文化、特に日本ならではの心配りや繊細な感覚を伝える象徴として、納豆の「タレの小袋」の話を引き合いに出すと、かなり高い確率で賛同を得られます。

ここでいう納豆とは、スーパーやコンビニなどで3個や2個パックで売られている普通の納豆です。現在、さまざまな納豆が販売されていますが、大抵は一人分の納豆(約40-50g)が入っている発泡スチロールの容器のフタを開けると、中にタレが入っています。私が話題にするのは、あのタレです。

まず、そもそも1食ずつの容器に「タレの小袋」が同梱されている点がすごいと思います。さらに驚くべきは、そこでの小さな工夫です。あの小袋には切りやすいように、わずかな「切れ目」が入っているのです。(この「切れ目」は、最近は「どこからでも切れます」と書かれた「マジックカット」加工が一般的かも知れません。「マジックカット」とは旭化成パックスの特許技術で、現在はライセンス供与され多くの商品で使われている技術です。これもすごい工夫だと思います)。

この納豆メーカーによる小さな「切れ目」を入れる工夫、使う人を思いやる発想に、日本人らしい感覚が見えると言ったら大げさでしょうか。この小袋の「切れ目」がすごいのは、安価な日常品に対する工夫だという点です。しかし、もしあの「切れ目」がなかったら、日本の食卓ではハサミが必需品になっていることでしょう。

一方、例えばアメリカなどでは、あれだけ多くの商品がスーパーに並んでいても、タレの「切れ目」に相当する繊細さは、あまり見たことがありません。そう考えると、やはり日本人の感覚は細やかで独特なのかも知れません。そしてあの切れ目に、納豆メーカーによる顧客視点を感じるのは私だけではないはずです。

では、いつから、納豆にタレが付属するようになったのでしょうか。全国納豆共同組合連合会、納豆PRセンターに問い合わせたりして、いろいろ調べたりしました。

食生活と流通の変化が容量を変えた小見出し

そもそも納豆はその昔、多くが200gの大容量で販売されていたのだそうです。200gといえば今の約4倍の量です。形状も三角の経木に包まれたものが主流で、タレやカラシも付いていませんでした。ではなぜ200gだったのか。その理由は家族みんなで納豆を食べるためだったそうです。

しかし、1973年・1974年(昭和48年・49年)頃から、日本人の家族のあり方と食生活が変わってきたのだそうです。つまり、核家族化が進み、みんなで揃って食卓を囲む機会が減ったこと。さらにはスーパーの発展で食料品の物流が整備されたことで、納豆の食べ方が変化していったというのです。

それらを反映させた形で1977年(昭和52年)、太子食品工業は「これからは核家族の時代」と、業界初のタレ付きミニカップ「まめちゃん納豆」を発売します。どうやらこの商品が、一般流通向けのタレ付き納豆の元祖のようです。

ちなみに納豆業界最大手で、おかめ納豆のブランド名で有名な「タカノフーズ」のサイトを見ると、1970年代に発売されていた納豆は110gがメインだったことがわかります。
そして「タカノフーズ」は、1982年(昭和57年)に、現在も販売中の超ロングセラー「小粒ミニ3」(現:極小粒ミニ3)を発売します。この商品名の“ミニ”は、おそらくそれ以前の商品が100gなのに対して、50gになったことから名付けられたのでしょう。

つまり、納豆の容量をひとり分にした点が重要なポイントなのですね。

「タカノフーズ」のサイトには、「家庭内の個食化が顕著になった」「特に個食化のニーズにマッチしたミニ化」という文言が出てきます。どうやら「個食化」がキーワードのようです。

つまり、例え家族がいても、みんなでひと瓶のお醤油を使うより、個装されたタレを個別に使う個食ニーズに合わせる形で、容量も食べやすさも進化したというわけです。

ここまで顧客視点に立つわけですから、小袋の切れ目も、当時から工夫されていたと考えるのが自然です。便利の追求にはキリがありませんが、それを突き詰めるのが日本人らしさと考えることができます。

顧客視点とは自分視点を大事にすること

納豆の容量の変化や、タレの同梱化、切れ目の工夫は、メーカーが世の中の状況や人の暮らしを的確に捉えた結果だということが、お分かりいただけたかと思います。

たかが納豆、されど納豆。人の暮らしに密着している食品メーカーだからこそ、時代と共に移り変わる顧客のニーズを誰よりも的確に捉えてきたというのは、大いに参考になるのではないでしょうか。

納豆における顧客視点のトリビアの最後は、容器の工夫です。みなさんは発泡スチロールの容器の底に凹凸があるのをご存知でしょうか。あの凹凸は納豆を容器に入れたままかき混ぜて、糸を引くことができるようにした工夫だそうです。ここまでくると、納豆、本当に恐るべしです。

最後に、「どこからでも切れる」が謳い文句の「マジックカット」のお話を。その開発秘話にも顧客視点がありました。

「マジックカット」は、旭化成パックスの前身・旭化成ポリフレックス時代の専務の個人的な体験から生まれたものでした。専務が出張帰りの新幹線で缶ビールと燻製イカを買った際、老眼でパックがうまく切れず、結局、ツマミなしで缶ビールを飲むことになってしまったそうです。そこで本社に帰ってから専務は技術陣に「指先で簡単にどこからでも破れる袋はつくれないか」と持ちかけ、そこから研究・開発が始まったとのこと。

つまり、顧客視点の実践とは、実は自分が不便に思うことの解決でもあり、自分がどこまで「一人の顧客」になれるか、ということでもあるのです。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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2017年5月10日


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