「誕生日おめでとう、これ買って!」メールはアリなのか、ナシなのか

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このコラムでは、「ファンやアンバサダーの視点から、広告やコミュニケーションについて考えてみよう」というテーマで話をしています。

それは、従来のマスマーケティング的な価値観では「新規顧客獲得」を重視したアプローチが中心になるのに対し、ソーシャルメディア時代では「既存顧客」を大事にすることが最終的に新規顧客獲得にもつながると考えているからです。

今回は、私がモデレーターをさせていただいた「ad:tech 関西 2016」のパネルディスカッションで、そのヒントとなる議論があったのでご紹介したいと思います。

皆さんも、誕生日にECサイトから「おめでとう!」という内容で、商品の案内をされた経験をお持ちではないでしょうか。このプロモーション手法はアリなのか、ナシなのか、後半で考えたいと思います。

ファンに愛され続けるコンテンツ

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パネルディスカッションのテーマは「ファンを増やし、愛され続けるコンテンツ制作の鍵」でした。

一般的に「愛される」コンテンツ制作というと、バイラル動画や派手なキャンペーンサイトをイメージされる方が多いかもしれません。今回のアドテック事務局からのテーマ設定で興味深かったのは、ファンに「愛され続けるコンテンツ制作」の“続ける”の部分です。

いわゆるバイラル動画であれば、いかに大勢の人にみてもらうかが重要になります。新規顧客獲得が目的であれば、自社の顧客では無い人たちにも動画が届いてしまうぐらい、話題にならないと意味が無いわけです。

そうすると、ネット上で話題にするための手法にエネルギーを注ぎがちになり、動画の内容を必要以上にエキセントリックに振ったり、面白おかしくし過ぎたりして、既存顧客やファンからの批判が相次ぎ、炎上してしまうというのが今年よく見られた傾向でした。

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こうしたバイラル動画は、明らかに「ファンに愛され続けるコンテンツ」ではないわけです。では、ファンに愛され続けるコンテンツとはどういうものなのか。

今回のセッションでは、関西を代表して3名のパネリストに失敗事例と成功事例を語っていただきました。

ダイキン工業の片山さんが語ったのは、コンテンツを作ることが目的化してしまった反省事例。

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ダイキンではコンテンツマーケティングへの取り組みとして、同社がこだわりを持つ「空気」に関する悩みを解決するコンテンツをWebサイトに掲載していました。ただ、一時期コンテンツを作ることが目的化してしまい、

ユーザーが探しているかどうかも分からないコンテンツを制作
せっかく作ったコンテンツもユーザーにとっての解決策になっていなかった
コンテンツを綺麗に見せることにこだわって画像ばかりのコンテンツで検索に引っ掛からない
といった、“コンテンツマーケあるある事例”とでも言えるような状況になっていたそうです。

ただ、東日本大震災後の電力供給不足の際に急遽突貫工事で作成した「この夏をみんなで乗り切る節電のお話」などの取り組みを通じ、その時期にユーザーが必要としている情報をサイトに掲載することでユーザーが喜んでくれることを実感し、タイミングの重要性を再確認。最近では、スピード感のあるカジュアルなコンテンツづくりにも挑戦しています。

今年の夏は、“エアコンをつけっぱなしにした方が、電気代が安いのか”というネット上の議論を受けて、電気代を徹底検証するサイトを作成。ニュースレターでメディアにも届けたところ、多数のメディアで紹介されるといった成功事例も積み上げておられます。

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「フェリシモ猫部」の失敗談

フェリシモの松本さんが語ったのは、松本さんが部長を務める「フェリシモ猫部」の取り組みです。猫部は社内部活動制度によって始まった活動で“猫好き向け”の商品企画や販売に取り組む一方、ペットの殺処分問題の解決もテーマに掲げている、ユニークな取り組みです。

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猫部では日頃から、部員であるユーザーから愛猫の写真を投稿してもらってサイトにまとめたり、その写真を公式アカウントで紹介したり、ファンとのコミュニケーションのサイクルをつくることに成功しています。

何しろ猫好きの集まりですから、その熱量は絶大です。ツイッターで募集した商品アイデア企画に、漫画家の山野さんが猫のマンガ付きの絆創膏「にゃんそうこう」を提案して、実際に商品化。ユーザーのアイデアが商品化されたというストーリーや、ユーザー投票でデザインを決める参加型の取り組みも相まって話題になり、多くの新規顧客獲得に成功したそうです。

一方で、松本さんが失敗事例として語っていたのは、フェリシモ猫部でテレビCMを展開したときのこと。

猫部の取り組みが順調に拡大する中で、思い切ってテレビCMを打ってみたところ、猫部のファンたちは喜ぶどころか、無反応だったそうです。通常なら多数のリツイートがされる投稿も、テレビCMの投稿には反応が薄く、売上もほとんど上がらず、散々な結果になったとのこと。ここから、本来ファンと一緒につくっていく猫部の活動に、テレビCMという企業の宣伝行為をいきなり投入したことは、ユーザーとの関係性を間違えていたと気づかれたとか。

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普通の企業の方ですと、フェリシモさんは「猫好きを対象にビジネスができて羨ましいな」と言いたくなるかもしれません。

でも実は、フェリシモ猫部は猫を題材にしているから成功しているのではなく、「にゃんそうこう」の成功事例のように日々のファンとのコミュニケーションがあるからこそ猫部が愛され、それが結果的に売上につながっているのです。このことは、テレビCMの失敗事例からも感じ取ることができるでしょう。

その延長で個人的に一番印象深かったのが、小林製薬の福井さんが話されていた誕生日メールの逸話です。

誕生日にプロモーションメールが届いた

福井さんは小林製薬のECサイトを担当されています。以前は割引きキャンペーン施策を中心に売上をあげることに注力していましたが、2014年からむやみな割引きに頼らずに丁寧に製品の情報を顧客に伝えていく形に方針転換されています。

もちろん、一時的な売上減少はあったそうですが、そこを辛抱して続けたことで、今では値引きに頼っていた時期よりも、売上を上げることができたという成功体験を持っています。

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そうした方針転換の延長で福井さんがある日、問題意識を感じたのが、あるECサイトから誕生日に送られてきたメール。

「お誕生日おめでとうございます。ささやかなバースデープレゼントをご用意しました。」

そのメッセージの最後に小さく注記として書かれていたのは「7000円以上ご購入いただいたお客様へプレゼント」という文字。このメッセージにガッカリした福井さんですが、自社でも似たようなことを実施していたことに気がついて愕然としたそうです。

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「お誕生日おめでとう、これ買って」は、友達に対しては絶対に言わない発言ですし、言われた人はきっと嬉しくないはず。

ただ難しいのは、実はこのメールはコンバージョンだけを考えると、とても成果が出る手法であったという点だそうです。“誕生日の今日だからこそ、限定のオファーが届いた”ということは、メールを受け取った側もメリットを感じることが多いでしょう。

ここで注目すべきなのは、コンバージョン率の高さの反対側にあるガッカリした人たちの存在です。仮に誕生日の売り込みメールでコンバージョン率が10%だったとしても、もし残りの90%がガッカリしていたら、この誕生日メールは一時的な売上をあげるために、他のお客さまを逃すことにはなっていないのか。

この視点を持つことができるかどうかが、「ファンに愛され続けるコンテンツ制作」をできるかどうかのポイントになるのではないか、当日はそんな議論がされました。

福井さんによると、日本のECサイトでも、誕生日メールとして本当に受け取って嬉しくなるような内容を送ってくる企業もいるそうで、自社でもそんな取り組みができないか模索されている最中だそうです。

福井さんが誕生日メールへの違和感を“自分ごと”として感じることができたのは、小林製薬のECサイトが割引きキャンペーンへの依存から脱却していたことも大きいでしょう。

新規顧客向けの値引きセールを乱発することで、定価で購入しているファンがガッカリして、二度と定価で購入しなくなったら、割引きセールは「ファンに愛される施策」とは、とても言えないわけです。

そういう意味で、実は「ファンに愛され“続ける”コンテンツ制作」というのは、短期的な売上をあげるための手法や、新規顧客を効率的に獲得する手法とは、実は真逆の価値観にある、ということが見えてきます。

現在は、既存のファンの「感動」も「ガッカリ」もソーシャルメディアを通じて周りの人に届いてしまう時代です。

企業が新規顧客と既存顧客の重要度をどうバランスを取っていくのかが、ますます重要なテーマになってきている気がします。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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2016年12月13日


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