ネット広告は「目の前にいる1人」の気持ちを本気で考えられているか

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2016年は、DeNAの「WELQ問題」に端を発した騒動が拡大し、ネットメディアの倫理観に対して大きな問題提起がされた年となりました。ここで考えなければならないのが、「広告主はネットメディアを通じたネット広告」とどのように向き合っていけば良いのかという問題です。

2017年最初のコラムではこの問題を、本コラムのタイトルである「アンバサダーの視点」、つまりは「顧客の視点」で考えることから始めたいと思います。

DeNA騒動でネット広告のリスクが顕在化した

DeNA騒動は医療情報に対する意識の低さや、記事を組織的に他メディアからコピペしていたこと、上場企業としての倫理レベルなど、複数の問題が絡み合い様々な論点がある非常にややこしい騒動でした。

参考記事:DeNA会見「メディア運営企業としての認識が甘かった」

そのためDeNAが全てのキュレーションメディアを非公開にするという対応に踏み切った後も騒動は収まらず、サイバーエージェントが運用する「Spotlight」で類似の問題が指摘されたり、LINEが運営する「NAVERまとめ」が自社のサービスを使う形でユーザーに糾弾されたり、と類似のネットメディアへと延焼を続けました。

この問題を広告主の視点から考えると、「信頼できるネットメディアが一体どれなのか分からなくなった」という言葉に突き詰められるでしょう。

実際にそれぞれのメディアの姿勢や不正行為にどれぐらい深刻な法的、倫理的な問題があるかは別として、問題が発覚していく渦中で、それぞれのメディアに広告を出稿している企業は、不正行為をしているメディアを支援しているとみなされ、ネット上で批判されたり、苦情のメールや電話対応に追われたりしました。

実は同様のメディアの騒動をきっかけにして広告主にクレームが行くという構図は、2008年の「毎日デイリーニューズWaiWai問題」や、2011年の「韓流フジテレビ騒動」でも発生しており、今に始まったことではありません。

ただ明らかに、2016年は「信頼できないネットメディアに広告を出稿するリスク」が改めて明確になった年だと言えるでしょう。

ここで特にポイントになるのが、アドネットワークの普及により発生している課題です。

広告主がどのメディアに広告が出ているのか認識していない

今回の騒動を受けて、一部の広告主の方が「どこに広告が掲載されるか分からないアドネットワークにはもう広告を出す気にならない」と発言されていました。

従来のマス広告では、広告主が広告を掲載したいメディアを選択していました。それがインターネット広告では、一つひとつのメディアを選択して広告を掲載するだけではなく、アドネットワークを通じて無数のメディアに一斉に出稿する手法が中心になりました。
 
その結果、広告主は自社の広告がどのメディアに掲載されているのかよく分からないまま出稿する、というケースが増えてしまったのです。その象徴的な事例が昨年9月に「AbemaTV」で放映された番組中にユニリーバの広告が流れたことにより、その番組を同社がスポンサードしていると誤解された問題です。

参考:インターネット動画サイト番組へのスポンサーについて

バナー広告であれば、たとえ怪しいWebサイトに大企業の広告が表示されていても、なんとなくスルーしてもらいやすいですが、動画の番組の間に広告が表示される形式では、テレビCMと同様にその番組のスポンサーに見えてしまう、という事例だと言えます。

ソーシャルメディアの普及によって誤解であっても、あっという間に伝播しやすくなりましたし、複数のユーザーの批判がメディアに「炎上」として取り上げられることも増えました。

企業の視点からすれば、アドネットワークは必要な相手に広告を表示できる効率の良い一つの選択肢でしか無いかもしれませんが、顧客の視点からすれば、たまたま表示された広告一つひとつに意味を感じるわけです。アドネットワークを通じて不特定多数のネットメディアに広告を表示することが「リスク」にもなる時代に突入しつつあるのです。

これらの一連の騒動を振り返って個人的に改めて思い出したのが、昨年の10月に開催された「国際平和のための経済人会議」での一つの議論です。

根本には「利益至上主義」がある

この経済人会議は、フィリップ・コトラー教授を広島に迎える形で開催された国際会議でした。そのプログラムの一つに、慈眼寺の住職である塩沼亮潤大阿闍梨と、東京大学の鈴木寛教授、そしてMistletoe社の孫泰蔵社長が一同に介するという非常にユニークなセッションがありました。

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この議論のメインテーマは「平和に貢献するソフトパワー・ビジネス」です。非常に大きなテーマで、このコラムの趣旨とは全く関係ないのですが、議論の過程で非常に印象に残ったのが、「今の資本主義は行き過ぎてしまっているのではないか。ボラティリティが高まってるし、利益至上主義になってる面も強い」という孫社長の問題提起でした。

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実は、DeNAやネットメディアを巡る騒動も、突き詰めると「利益至上主義」という言葉にまとめられるように感じます。

本来、メディアという存在は読者と出来事をつなげることで、読者に笑顔や知識、感動をもたらすなどの何らかの理念や問題意識を元に立ち上げられているはずです。しかし一連のDeNA騒動を見ている限り、DeNA経営陣のメディア立ち上げにおける意識はいかに低コストに大量の記事を量産するかのみに割かれていたように見え、そこにはいかに効率的に利益を獲得するかという思想しか感じ取れませんでした。

これは現在の日本の資本主義全体の問題ではありますが、その影響を強く受けているネットメディアの問題と狭く定義することも可能です。

ただここで私たちが真剣に考えなければいけないのは、アドネットワークで無自覚にそういった利益至上主義のメディアに広告を出向している広告主、広告の出稿を提案している広告会社や我々サプライヤーも、同様に利益至上主義になっているのではないか、という点だと感じます。

では、我々はどう変わっていけばよいのでしょうか?

顧客の視点でどう考えるのか

前述の孫社長の発言を受けて、私は会場で「四半期決算などで金銭的目標という数値の目標を重視すると利益至上主義になりやすいと思うが、そうならないためにどうすればよいのか」という質問をさせて頂きました。

孫社長は、現在投資をされる際に「売上や利益では無く、何人の人を助けることができたかなどの別の指標を設定することを重要視している」と回答され、塩沼大阿闍梨は「1日1日の1人ひとりとの出会いを大事にし、出会った人に喜んでもらうことに注力する。大きすぎることを考えない」という趣旨の回答を、仏教の教えを元にお話しされていました。

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ネット広告の普及の過程で、私たちはページビュー数やクリック率、コンバージョン率など、さまざまな数値の「量」を把握することができるようになりました。

ただ実は、その「量」だけを重視しすぎた結果、DeNA騒動のように見る人が見たら違法ではないかと疑問を感じるような手法で、とにかく記事を量産し、ページビューを増やし、メディアとしての成功をうたうことで広告主からさらに広告を獲得する、というケースが増えてしまっている面は否定できません。

ある意味、今回のDeNA騒動は一部のネットメディアだけの問題ではなく、ネット広告業界全体の構造問題が一番悪い形で噴出した騒動と言うことができるでしょう。そういう意味で今後、重要になってくるのは、孫社長や塩沼大阿闍梨が語られているように、顧客の視点で1人ひとりの人がどう感じ、どう動いているのかを想像することであるように思います。

鈴木教授も議論のなかで「今の時代に我々が直面しているのは『卒近代』というテーマ。近代社会はモノや物欲が中心の社会だった。現在の日本はモノに不自由していないが、無縁社会という言葉にあるように、明らかに幸せではない。日本は新しい社会の仕組みを根本から考え直す必要がある」という発言をされていました。

また休憩時間にコトラー教授にも同様の問題意識をぶつけたところ、「日本企業が行き過ぎた米国の利益至上主義を真似するのは間違っている。日本には昔から利益至上主義ではない素晴らしい理念をもって経営を続けている企業がたくさんあるのだから、彼らを参考にするべきだ」というコメントもいただきました。

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昨年末のコラムでも「「誕生日おめでとう、これ買って!」メールはアリなのか、ナシなのか」」という話をご紹介させていただきました。ネット広告においてもとにかく大量にノイズとしての広告を露出して引っかかる人だけを狙うという手法ばかりに偏るのではなく、広告が表示された際に1人ひとりの読者がどのように感じるのか、ということを意識することが重要になってきています。

それこそが読者にとっての本当の意味での「ネイティブ」な広告が重要視されるようになっている背景でもあると感じています。

2016年はネット広告やネットメディアにとって「最悪の年」と振り返られるのは間違いない印象もあります。2017年を2016年の騒動をきっかけにネット広告やネットメディアの「健全化が一気に進んだ年」と振り返られるようにすることは、今からでも目指せるはずです。

そうできるかどうかは、インターネットの広告やメディア事業に携わっている私たち1人ひとりが、ネットの先にいる顧客や読者の気持ちを考えて行動することができるかどうかにかかっているように思います。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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2017年1月18日


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