広告の99%は伝わらないという「圧倒的絶望」を感じるかどうかの分岐点

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「量」と「質」どちらを重視するのか…

先週の8月29日に「アンバサダープログラムアワード」を開催しました。

これは、前回のコラムでご紹介したように、ファンやアンバサダーを重視した活動に取り組んでいる企業を表彰する企画として、筆者とアジャイルメディア・ネットワークで主催したものです。今回は、その場で受賞企業の方々と議論する上で印象に残ったことを書いていきたいと思います。
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まず、個人的に最も印象的だったのは、こういうアンバサダープログラム的な活動をする上での担当者のジレンマです。

過去にも何度か「リーチ」と「エンゲージメント」の対比や「量」と「質」の対比など、マスマーケティングにおいては一般的に「リーチ」や「量」が重視されるのに対し、ファンやアンバサダーを重視したアンバサダープログラムのような活動においては、「エンゲージメント」や「質」を重視するべきという話を書きました。

参考:これからの広告効果測定は「質」を「量」で表現する技術が重要になる

今回のアンバサダープログラムアワードを受賞されたような活動の担当者は、後者の「エンゲージメント」や「質」を重視する活動をされているわけですが、一方で各社とも日本人のほとんどが知っているような製品やサービスの担当者なわけで、当然ながら「リーチ」や「量」も求められる立場にあるわけです。

実際、今回のパネルディスカッションで、KPIとして「リーチ」や「量」を重視していないと答えた人は受賞企業の8名の中には1人もいませんでした。もちろん、これはある意味多いに越したことがないという意味で、当然の結果ということが言えるかもしれません。

しかし、少なくとも、規模の小さいベンチャー企業であれば、ある程度「量」は捨てても「質」に特化することができますが、大企業は根本的に日本市場だと1億人とか数千万人を潜在的なターゲットとしたビジネスをしており、見ている世界が違うわけです。

ただ、ここで興味深いのが、受賞企業の8名とも、いわゆる単純に「量」のKPIだけを重視した活動を選択するのではなく、「質」を重視した活動によって結果的に「量」も増えることを目指しているという点です。
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本来会社が求めているような数百万人、数千万人に「リーチ」するコミュニケーション活動をするのであれば、何もエンゲージメントや質を重視するような手間のかかる活動をしなくても、手軽な選択肢がたくさんあります。

テレビCMやネットのバナー広告を使えば当然予算はかかりますが、数百万人、数千万人にリーチすることができます。しかも、お金を払っただけ確実に「リーチ」を買うことができますから、低リスクということも言えます。

参考:アンバサダープログラムとは何か?検討する際に必ず議論のループが起きてしまう訳

ファンやアンバサダーのクチコミを重視した活動では、上手く行けば大量の「リーチ」を得られるかもしれませんが、失敗すれば空振りに終わるわけで、担当者からするとリスクが高い活動であるということも言えるわけです。

実際、当日のパネルディスカッションでも、なかなか上司や役員、社内の他部署の人間に理解してもらえないという嘆きが多数聞かれました。

では、そこまでリスクをとってなぜわざわざファンやアンバサダーを重視した活動、「エンゲージメント」や「質」を重視したコミュニケーション活動を行うのか?

そこで大きな分岐点になっているのが、従来の一方通行型のマスマーケティングをやっているだけでは、メッセージが顧客に届いていないのではないか、という問題意識があるかないか、ということのようです。

日本のマーケティング環境が生み出すジレンマ

1月に実施したアンバサダーサミットでも講演をしてもらったのですが、「さとなお」こと佐藤尚之さんが執筆された『明日のプランニング 伝わらない時代の「伝わる」方法』という書籍では、ソーシャルメディア時代では誰でもが情報発信者になった結果、ネット上の情報量が加速度的に増え、99.996%の情報はもう伝わらない時代になっており、1つの情報を見つけてもらうのは全世界の砂浜の砂の中で1粒の砂を手にとってもらうぐらい絶望的な出来事で、単純に広告を出せば生活者に伝わるなんていうことはもう絶対ないという「圧倒的絶望」から始めよう、という表現が出てきます。

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この感覚を共有できるかどうかが、アンバサダープログラムのような活動の価値を社内的に感じてもらえるかどうかの一つの分岐点ということが言えそうです。

100万人に広告を表示したこと≒100万人に「リーチ」した≒100万人に届いた。

ということであれば、話は簡単なのですが、実は届いていないのではないか?という問題意識を持っているかどうかによって、従来通りの「量」を重視した広告手法のままで良いと考えるか、「質」を意識したコミュニケーション活動にあえて挑戦するかどうか、が変わってくるように思います。

ただここで難しいのは、届いているか届いていないかは、情報を発信している側からするとなかなか手応えとして見えにくい点でしょう。

さらに日本でややこしいのは、さとなおさんが書籍で解説されているように、実は日本人の半数以上はソーシャルメディア時代を生きておらず、今まで通りのマスメディアを中心に生活しているため、この人たちには今まで通りマス広告が届く、という点です。

従来通りの広告手法が効かないわけではなく、効く人数が少なくなっているだけ、という意味では、従来の手法も重要であることには変わりありません。

そういう意味では、従来の広告は全く届かない、というのも嘘になりますし、新しい取り組みにおいても届くかどうかはやってみないと分かりませんから、同様に届かないリスクがあることになります。

そこで、社内で従来通りの「量」を重視した広告手法と、「質」を重視したコミュニケーション活動がリソースの取り合いになってしまうと、従来通りの広告手法の方が理解してくれる人が多かったり、KPIが明確だったりしますから、結果的になかなか新しい手法にリソースは割けない、ということになってしまうわけです。

参考:日本の広告主と広告代理店がこれから直面していく「イノベーションのジレンマ」とは?

そういう意味で、アンバサダープログラムのような、「質」を重視した新しい活動にチャレンジする企業担当者に求められるのは、日本のマーケティング環境の構造が生み出すジレンマを認識し、それを乗り越えていくためにどうしていけば良いのか、小さい実験を繰り返しながら手応えを得て、それをもとに社内に理解者を増やし、目に見える小さな成功につなげていく、という根気である、ということが受賞者から感じた一つの結論でした。

なお、1月に実施したさとなおさんの講演の一部は、こちらで公開されていますのでぜひご覧ください。

 ※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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2016年9月7日


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