あまちゃんとハルヒ(2) アンバサダー前史の視点から
前回、NHKがドラマの予告編をYouTubeで公開し、一般のブロガーもこの動画をブログに貼り付けることができる、これは凄い。というお話をさせていただきました。
ちょっと前から、ソーシャルメディアに関わってきた人間にとっては、これ、非常に感慨深い仕掛けなんですね。
なぜかというと、今をさかのぼること7年前の2006年、まだテレビ業界とYouTubeが全面的に対立していた時代に「YouTubeでヒットしたテレビ番組」があったからです。
ご記憶の方も多いと思います。アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品です。
キー局を含まない地方局の深夜枠放送だったにもかかわらず、当日しては空前の大ヒットとなり、DVD・原作書籍・CDなどのソフトはアマゾン上位を独占、さらに人気は海外にまで飛び火し、世界中でこのアニメのエンディングテーマを真似してダンスした動画がYouTubeに掲載される事態にまで発展していったのです。
ごく目立たない形で始まった『ハルヒ』の放送が、なぜ世界レベルのヒットにつながったのか。分析はいろいろあるかと思いますが、僕が忘れられないのは「YouTubeで違法な形で公開されたアニメ本編」と「ブログ」の不思議な相乗効果です。
もともと『ハルヒ』はその当時のアニメコンテンツの常識を超えた「超・高品質」な作品でした。どこが凄かったのかというと「細部への徹底したこだわり」と「一部のユーザーにのみ理解できる”謎”の埋め込み」 です。
たとえば『ハルヒ』の第一回放送では、冒頭から信じられないくらい意味不明で稚拙な映像が展開していました。これは主人公とその仲間の高校生たちが作った自主製作映画をそのまま流した、という設定になっているのですが、唐突に何の説明もなく流れてきたため、多くの視聴者が混乱したはずです。
その中で、この謎めいた作品を解説するブロクが登場します。
■劇中自主制作映画の再現にこだわる京アニ
- 光源ミスの再現
- 集光ミスの再現
- 露光表現の再現
- 左上から右下にパン移動する場合、ブレの再現
- 音が突然切れる カメラを横切る形で対象物を写す時、対象物がカメラに近づくとより激しくカメラを回転しなくてはいけない為にカメラがブレてしまう物の再現
- ピンボケの再現
- 安直なエフェクトの採用の再現(自主制作映画によくある現象)
- 安いマイクを使っているので、周辺の環境ノイズを拾ってしまう現象の再現
- 木の下での撮影の時、日向と日陰のコントラストが激しい為、影の部分が異様に黒くなってしまう現象の再現 関係の無い一般人がフレームの中に入る事の再現(自主制作映画によくある現象)(後略)
長くなるので途中で切りましたが、こんな感じです。製作者が埋め込んだ謎と「わざと稚拙に作り上げた映像の」クォリティの高さを丁寧に解いてみせます。これはアニメに興味がなくてもつい観たくなります。実際この記事にも多数の「はてブ」がついています。
このように「ハルヒの凄さ」を語るブログがいくつも登場しました。
しかし、ブログに指摘されたのと同じコンテンツを観るためには、昔なら再放送かビデオの発売を待たねばなりませんでした。
それが、YouTubeに違法アップロードされた動画により、ブログを読んですぐに追体験することができたのです。
まとめるとこんな感じです。
- 誰かが、放送された『ハルヒ』のアニメ本編をYouTubeに違法アップロードした
- 『ハルヒ』の、アニメ作品としての凄さを解説するブロク記事がいくつも登場した
- この記事で指摘されている「凄さ」は全てYouTubeで追体験・確認することができた
この当時のYouTubeは、著作権者の権利を侵害するような違法アップロードが多数あり、テレビ業界からは目の敵にされていました。違法アップロードばDVDなどパッケージソフトの売上にも影響すると思われていたからです。しかしこの『ハルヒ』に関しては、この違法動画こそが、むしろヒットの原動力になってしまいました。
短期的な視点で権利関係にこだわるより、その作品のファンになった人たちが、より説得力を持ってその作品の素晴らしを語ることができるようにしたほうが、ヒットにつながる可能性があることが、ここに実証されたわけです。
前回の記事で、僕が『あまちゃん』のダイジェスト版YouTube動画をNHKが「ブログに貼れる形で」流通させていたことについて、感慨深いと申しあけた、その理由がご理解頂けたでしょうか。
他にも『ハルヒ』と『あまちゃん』には共通点があります。
『あまちゃん』の最終回にはお座敷列車の中でライブが行われ、家庭用ビデオカメラでビデオが撮影されます。途中でカメラは列車の外で手を振る地元の人たちを捉えます。いいシーンです。
その『家庭用ビデオカメラで撮影されたシーン』を再現したのがこのページ。
わざと低品質の動画を流すことで、ドラマの虚構空間と現実をつなげる役割を果たしているのが良くわかります。案の定とでもいいますか、Facebookのいいねは3000を超え、Twitterのツイートも3000に迫っています
実はこれと同じことを『ハルヒ』でもやっています。以下は一例です。
このなんだかよくわからない「ホームページ」は、作品中で主人公の高校生たちが立ち上げたホームページ、ということになっているサイトです。放映中には、物語が進んでいくにしたがって、ここの内容は「稚拙なまま」変化していました。これがまたブログや掲示板を通じて様々な解説や憶測とともにクチコミ拡散していったわけです。
構図は同じですよね。
上手く「謎」が埋め込まれると、やはりこれを謎を読み取り、拡散させるネットユーザーが登場します。だめ押し的にもう一つリンクしておきます。
あまちゃんの芸の細かさが展示会にまで及んでいて、呆れ感動する #あまちゃん:小鳥ピヨピヨ
さてさて、 ここまでつらつらご紹介してきた『ハルヒ』→『あまちゃん』の事例が示すものは、何でしょうか。
簡単に言うと「商品やサービスの品質や、それを際立たせるための「謎」を初めとしたギミックが、これを理解できる人を起点として、クチコミを引き起こす」という構図です。
実は僕自身、2006年の段階でお話させていただいたことがあります。
「ブログの普及により、商品やサービスに込められた品質やギミックを読み取り・評価して・拡散してくれる人が現れた。これからは安心して品質とギミックに力を入れるべきだ」と。
当時の僕は、ここまでしかわかっていませんでした。
そしてツイッター・フェイスブックの普及とブログの静かな復権が見えてきた2013年、これから考えなければならないのは「品質やギミックを読み取り、拡散させることができるファンの方々と、どのような形でお付き合いしていくべきか」ということなのではないか、と思っています。
以上、アンバサダー前史の一考察でございました。
■追記 ハルヒについて更に詳しく知りたい方は、いしたにまさきさんによるこちらの記事をどうぞ。
特にこちらの記事が秀逸です。
涼宮ハルヒが起こしたYouTubeの憂鬱、ネットマーケティングの大成功例。:[mi]みたいもん!
いやあ、上記の文章を書き終えた後に、数年ぶりにこの記事を読み返しましたが、ハルヒについて僕がつらつら書いたことは、結局ほどんとこの記事の引き写しみたいなものでしたね。という訳で今回の記事についてはいしたにさんに感謝です。
それにしても、こちらのいしたにさんの記事も、他のハルヒについて当時指摘・称賛していたブログも、いまだにきちんとネット上に存在している、アクセスできることに、ブログの凄さを改めて感じています。
Author Profile
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アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 シニアコンサルタント
1967年千葉県生まれ 法政大学法学部政治学科卒 1996年(株)インプレス入社。ネット広告事業の立ち上げを担当 2002年(株)カレン入社。広報を担当しながら2004年春から企業のブログ活用について啓発活動を展開。 同年秋から味の素など大手企業のブログ案件プロデュースを開始、数多くの企画を手掛ける。 2007年よりJR東海新幹線ブロガー企画などブロガーイベントのプロデュースも担当。 2010年4月より(株)ニューズ・ツー・ユーに勤務。ネットPRの商品開発、顧客向けイベントなどを担当 2013年7月1日アジャイルメディア・ネットワークに入社。改めて、ソーシャルメディアに挑戦する。 著書 『ビジネス・ブログ・ブック』(共著 2005) 『図解 ブログ・マーケティング (翔泳社・図解シリーズ)』(2005) インターネット白書2007に『ブログマーケティング』について執筆。 他執筆・講演多数。 AMNパートナーブロガーとして 裏[4k] を運営。 また趣味としてソーシャルメディアと連動する落語会『シェアする落語』を主催している。