広告会社やPR会社という業務区分の意味が既になくなりつつあるという話

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広告会社とPR会社の業界の壁がなくなる?

前回のコラムでは、日本における「PR」という言葉の定義が狭かったり、本来の意味とずれてしまっているのではないかという問題提起を書かせてもらいました。

ただ、その議論の先にある話として個人的に感じているのが、そもそもPR会社とか、広告会社とか、制作会社という、業界における縦割りの役割分担の境界線がなくなりつつあるのではないかという点です。

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個人的に、今でもよく覚えているのが、レノボさんから「CES」にブロガーとして招待してもらった時の経験です。

2011年の話なので、もう5年近く前になりますが、レノボさんがCESをきっかけにグローバルのブロガーともコミュニケーションをしていくということで、ラスベガスに招待してもらったのです。

米国のブロガーはもちろん、メキシコ、ドイツ、そしてブラジルからも参加していて、実に国際色豊かな企画でした。

その際にブロガーのアテンドとしてサポートに入っていたのが、PR会社のフライシュマン・ヒラードのこの方。

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レイチェルさんです。

当時の私からするとフライシュマン・ヒラードといえば、何と言ってもバラク・オバマが大統領選挙を戦った際にPRをサポートしていた会社というイメージが強かったので、彼女にPR会社なのにこういうブロガー相手の仕事もされるんですね、大変ですね、的な話をしたんですが、その際に返ってきた返事がこちら。

「私たちはデジタルエージェンシーの部門だから、いわゆるPRはやってなくて、広告賞もいくつも獲ってるのよ」

まぁ、私の英語力で聞いたので間違っている可能性もあるのですが、びっくりして二度どころか三度ぐらい聞き直してしまいました。

要は彼女の中では、自分たちはPR会社ではなく、ソーシャルメディアやブログ上の反響を意識するデジタルエージェンシーという定義なんだそうで、彼女自身もCESでお会いした段階で既にブロガーとのコミュニケーション業務を5年以上やっているベテランでした。

最近、この話を日本のフライシュマン・ヒラードの方にもお聞きしました。米国のいわゆるPR会社は様々な領域に展開しているそうで、いわゆる「PR会社=メディアとのコミュニケーションを行う会社」という定義や印象はかなり薄れているそうです。

まぁ、冷静に考えてみたら、マスマーケティング全盛の時代には、広告会社の仕事はテレビCMや新聞・雑誌広告の枠を買い、そこに掲載する広告を制作すること。PR会社の仕事は記者とコミュニケーションを取ることで、記事や番組でブランドや商品を取り上げてもらうことと、ある程度明確に分類できたのかもしれません。

ところが、今やネットの普及によりマーケティングの選択肢は実に多様になりました。

広告会社にしてもPR会社にしても、誤解を恐れずに言ってしまうと、突き詰めれば企業からの「話題にして欲しい」とか「売上をあげたい」という要望に対するソリューションとして何かしらの選択肢を提示するのが仕事なわけで、そういう意味では会社として実施できるメニューの選択肢を最初から消してしまうというのはもったいない話だとも言えます。

先日のコラムでも「本当の意味でのパブリックリレーションズを意識したコミュニケーションプランは、総合広告代理店のプランナーの方が得意なんだ、ということをおっしゃる方もいます」という話を紹介しましたが、当然PR会社が広告の賞を獲ることもあれば、広告会社がPRの賞を獲ることもあるわけです。

最近では「広告会社」というよりは「制作会社」に近い業態の会社が広告の賞を獲ることも増えてきていますし、広告会社のプランナーが、今回の施策では広告を使ってないと明確に発言されるケースも増えている印象です。

PR会社がノンクレジットの記事広告を販売するのは倫理上論外だとしても、PR会社が記事広告や広告メニューを組み合わせて話題作りを仕掛けていくのは、当然の流れと言えるのかもしれません。

ただその一方で、実は広告主側の予算がメディア枠や制作費で明確に分けられていたり、担当している部署が違っていたり、という硬直的な組織だと、柔軟な提案をしても対応できなかったりするというケースも多く聞きます。

広告会社とPR会社の業界の壁よりも、広告主側の縦割り組織の壁の方が分厚くて高い、という未来にならないように、日本企業はマーケティングのための組織構造から見直す必要が出てくるのかもしれません。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

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amnblog
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2016年8月8日


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