ユーザーに委ねることで生まれた、多様なクチコミと説得力がカシオ「PRO TREK Smart」成功の秘訣

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前回の記事】「カシオ「PRO TREK Smart」が取り組む、ファンやユーザーの信頼で紡ぐブランディング」はこちら

 

 

カシオ計算機
戦略統轄部 時計戦略部
堀清司(ほりきよし)
1993年、カシオ計算機入社。学校教育用電卓の営業担当として、6年間従事したのち、1999年より電卓・電子辞書等の営業企画・マーケティングを担当。2007年よりグループ会社の携帯電話メーカーに異動し、国内向け携帯電話・スマートフォンのプロモーション・マーケティングを担当。IT/通信業界での経験を経て、2016年のカシオのスマートウォッチ1号機よりマーケティング専任者として従事。現在に至る。

 

2017年、マーケティング推進担当の堀さんは「PRO TREK Smart WSD-F20」の発売にあたり、大きな悩みに直面しました。それは今まで誰も体験したことのないスマートウォッチの魅力を、どうしたらユーザーに知ってもらえるのか、というものでした。その対応策は、多くの人に参考になるのではないでしょうか。※本記事は、企業向けにアンバサダープログラムを手掛けているアジャイルメディア・ネットワーク(AMN)のエバンジェリスト藤崎実氏が執筆したものです。

 

クチコミ施策はスモールスタートで

藤崎:カシオでは、「アウトドアアンバサダー」に登録している人たちに対して、「PRO TREK Smart WSD-F20」のアンバサダーになってくれる人たちの募集を行いました。2017年は、東京と大阪の二都市で「PRO TREK Smart WSD-F20」の体験イベントも実施。アンバサダーの方々に、製品説明会を体験してもらい、長期の貸し出しを行って、モニター体験のレビューを書いてもらったりする取り組みです。

堀:体験イベントに関しては、理想では全国を巡りたいのですが、どの程度反響が見込めるのかわからなかったので、最初は二都市にしました。今後はもっと地方にも行きたいです。

藤崎:クチコミ施策は、まだまだ確立されていない分野ですし、ファンとのコミュニケーションは、従来のマスメディアの考え方とは真逆です。すぐに効果が見込めるものではありませんし、予算をかければいいというものでもないですしね。

(堀清司氏)

堀:そうですね。クチコミやSNSの施策は、企業にとっては新しい挑戦です。これは決して無視できない時代の流れだと思いますが、前例がない分だけ、会社の承認を得る上では、なかなか費用対効果を表現しづらい分野です。

藤崎:今回のように、最初は無理をしない範囲のスモールスタートで行い、長く続けることを目指すのがいいようですね。クチコミ施策は、今後に向けた新しいマーケティングの「実験」とも捉えることができます。

堀:今回も、もちろん広告費換算効果を出していますが、例えば数字の上で雑誌広告1回分の価値があると言っても、得られるものは今までとは全く異なります。クチコミは定性的な価値なので、金額換算には個人的にはあまり意味がないと思っています。ただ、ベンチマークの対象として広告費換算を行っています。

藤崎:こうしたインタビューを続けていると、どの企業も同じ悩みをお持ちだと感じます。一般にマス広告全盛時代を体験している企業の上層部の方にとっては、クチコミのマーケティング価値はわかりづらいようです。着手自体も大変だったのでは?

堀:私としては、この取り組みを、まず社内で認めてもらい長く続けていけるようにすることが大切だと思っています。こうした施策は社内でも先駆けとなる取り組みですが、ありがたいことに「堀さんのところで何かおもしろいことをやっているらしいよ」と聞きつけてくる人も最近は出てきました。

製品の使い方はユーザー次第。企業が考えた使い方を拡げたい

藤崎:さて、「アウトドアアンバサダー」への呼びかけですが、「PRO TREK Smart WSD-F20」を体験してもらうモニター募集には、何か応募条件はあったのでしょうか?

堀:いえ、ありません。応募の際に「どんなことに使ってみたいですか」といった質問項目は設けましたが、やってもらわないといけない何かとか、アクティビティのジャンルを絞るとかいったことはしていません。実はそこが大変重要なポイントで、「PRO TREK Smartはマルチなアウトドアアクティビティに使えるということを訴求したいと思ったのです。

藤崎:なるほど。マルチに使えるアウトドア向けのスマートウォッチなので、登山に限らず、いろいろなアクティビティに使える、使い方はユーザーの自由というわけですね。実際に今日も堀さんは腕につけていらっしゃいますが、日常生活での使用も当然ありですものね。

堀:実はクオーツ時計のプロトレックは、登山向けにプロモーションしてきた歴史があり、特に日本国内では「プロトレックって登山向けの時計だよね」という認識が大変強いです。

しかし、「PRO TREK Smart」は登山向けに絞るのではなく、むしろいろいろなシーンで使って頂きたい。だからこそ、多趣味な人が集まっている「アウトドアアンバサダーは最適なグループですし、そこに登録している人たちに、用途にとらわれずに幅広い用途で使っていただくことを期待しました。キャンプが好きな人はキャンプで、サイクリングをする人はサイクリングで。つまり、使い方はユーザー次第というのが狙いです。

藤崎:それは素晴らしいです。いろいろなジャンルの方に使って欲しいという狙いや、製品に対する自信が素直に伝わったのではないでしょうか。

堀:うれしい副産物も生まれました。つまり、アウトドアが好きな人って体を動かすのが好きで、いろいろなスポーツをしていることが多いですよね。週末には釣りや登山に行くかもしれませんが、平日は健康のためにランニングをしているとか。そんな調子で体験談を書いていただくことで、自然と「PRO TREK Smart」がマルチに使えることを、実にさまざまな視点から表現できました。使い方をユーザーに委ねて本当に良かったと思っています。

(藤崎実氏)

藤崎:製品の使い方を絞らずモニターを採用したことで、想定していた以上の幅広い用途に使って頂くことができたというわけですね。

堀:それが成功し、実際に使って頂いた様子がレビューされ、多様なコンテンツができました。そこには一般的な広告やタイアップ記事では得られないユーザー目線のリアリティとインパクトがありました。「今週はキャンプに来たのでプロトレックスマートを使ってみました」といった感じで、大自然の中での製品の写真がレビューされる。こういうことが企業とユーザーの間で行われるのは、本当に素晴らしい関係だと思いました。もちろん、こうしたユーザー目線のレビューが、製品購入を検討されている方々の参考になるわけです。

「目に見えない効果」に大きな価値がある

藤崎:モニター前に東京と大阪でイベントを行ったということですが、リアルイベントは企業とユーザーが顔を合わせることができる大切な場です。どんな点に注力しましたか。

堀:イベントには普段、表には出ない商品企画者や開発者も多く出席し、製品の紹介や開発秘話、座談会などを行いました。せっかく足を運んでいただいたのに、普通の製品発表会になってはつまらないだろうと考えて、普段なら出せないけれど、こういったクローズドな会ならば、というお話も披露しました。グループ分けしたヒアリングでも「この人は開発者だから何でも聞いてください」という感じで、気軽に質問していただけるようにしました。

藤崎:それは参加者にとって嬉しいですね。反響はいかがでしたか?

堀:開発側の人と話す機会は、通常あまりないので非常に喜ばれました。みなさんの目が輝いていました。

藤崎:「PRO TREK Smart WSD-F20」の商品企画担当者は女性の方ですよね。アウトドア製品と聞いて、私は最初にゴツイ男性の方を勝手にイメージしていたので意外でした。

堀:開発部門の岡田佳代という女性社員がこのプロジェクトを統括することになったのは、性別は関係なく、もともと彼女の趣味が登山だったからです。弊社の場合、開発に携わる担当者は、必須条件ではありませんが、本人の趣味と仕事が一致している場合が多いですね。楽器の開発者も、音楽が趣味だったり、デジカメの担当者もカメラが趣味だったりとか。

藤崎:興味関心がある分野は力が入るということでしょうか。

堀:仕事が自分の趣味と一致すると「自分事」になるため、本人の「思い」も自然と入ってきます。それが重要です。岡田の場合も、山登りならではの使い勝手を製品に反映させようと考えますし、開発中も実際に使って試しています。そのように山に登る人の気持ちをよくわかって開発を進めていくことで、製品に自然と魂が宿っていくわけです。

藤崎:イベント参加者にとっては開発担当者が実際に登山をしているアウトドアの仲間だと知ると、きっと特別な仲間感が生まれますよね。そういう人が開発担当者と知ることで製品への信頼度も高まりますし、「そうした人を開発担当者に据えるカシオっていいよね」というブランディングにもつながっているはずです。

堀:確かにそうですね。また、今回のイベントでは違う効果も生まれました。あまり知られていませんが、開発部門の社員は、お客様の声を直接聞く機会がほとんどないのが実際です。ですから、アンバサダーの方に喜んでいただけただけでなく、開発メンバーがユーザーのリアクションに直接触れることができたことは、とても良い機会でした。その意味では、社内のエンジニアのモチベーションアップにもつながったのが、この施策のもうひとつの「目に見えない効果」です。

藤崎:なるほど。社内向けにも今回の取り組みの効果があったということですね。

堀:開発者にとって、自分が作ったものがどのようにユーザーに伝わり、どんな風に使っていただいているのかは、とても重要です。こうしたことをユーザーから直接聞くのと、営業部門などから届く間接的なレポートで、グラフになったものを見るのとでは全く違います。対面した際の、ちょっとした一言や笑顔だったり、リアクションだったり。そういう定性的な部分から受け取るメッセージがとても大事です。その点で大きな手応えがありました。こうした開発者とユーザーの交流は今後も重視したいと思いますし、フィードバックの場を持つことは、メーカーとしてのあるべき姿だと思いました。

購買検討者にとって有益なコンテンツを目指した

藤崎:現在、「PRO TREK Smartサイト上にある「ユーザーボイス」のコーナーに、アウトドアアンバサダーによる「PRO TREK Smart WSD-F20」のさまざまなレビューがまとめられています。もちろん全てが体験レポートなので、記事のひとつひとつにリアリティと説得力があります。こうした記事は、広告ではつくれない価値のあるコンテンツだと思います。

堀:このコンテンツの価値や効果の数値化は今後の課題ですが、購買を検討しているユーザーにとって有益であることは確かです。この記事を読んで買った人もきっといらっしゃると思います。

藤崎:実は先日、あるPR会社でこの事例を紹介した際、大変驚かれました。このようなユーザーの体験レビューが多数集まっているのは本当にすごいと。その人は登山が趣味ということもあり、こうした本物の記事をつくる難しさを知っているそうです。製品PRとしての説得力がすごいと言っていました。

堀:アンバサダーの方々が、製品に対する感想を「ホンネ」で書いているのも大きな特徴です。製品の体験レビューにあたっては、レギュレーションは一切設けていません。みなさんには本当に自由に書いていただいたので、記事には「こういう事ができたらいいのに」とか、「ここはちょっと残念だ」という内容も普通に出てきます。こうしたレビューを書いてくださるのは、本当にありがたいことだと思っています。

藤崎:企業からの製品紹介だけではなく、ユーザーの立場からの第三者視点が製品レビューに加わることは、購入を検討している他の人にとって大変有意義なことですよね。

堀:基本的には、みなさん製品の良い部分に目を向けて書いてくださっています。でも、良いことばかり書かれても、今の時代、読む人はどこか疑いの目で見てしまいます。ユーザーの実感に基づくレビューである以上、製品のマイナス面も、その人が感じたのであれば、どんどん率直に書いていただきたいのです。その意味では企業からのメッセージだけでない、製品に対する第三者視点のレビューは大変重要だと思っています。その人の「ホンネ」が説得力になるのです。

マイナス面の指摘に関しては、そうした視点もあって当たり前だと思っています。つまり、誰にとっても完璧な製品というものは、残念ながらなかなか実現できないということです。製品というものはある意味、常に未完成であり、だからこそメーカーとしては開発を続けるのです。

藤崎:アンバサダーを信頼して体験したこと、思ったことを自由に書いてもらう。良い面ばかりでなく、悪い面に関しての意見も企業として真摯に受け止める。企業がそうした姿勢でレビューを公開することは、そのレビューの信頼感につながりますし、何より企業そのものの信頼感や誠実さを高めることになると思います。

堀:ただ、こうした定性的な評価はなかなか数値では表現できないのが悩ましいです。

クチコミでの評判は、お金では買えない

藤崎:では、今回の成果を具体的に教えてください。

堀:定量的な視点では、特設ページのアクセスが増えたとか、費用対効果がきちんと出ているなどという点が挙げられます。もちろん、そのよう側面も重要ですが、クチコミ施策において私は、それらは一番重要だとは思っていません。

今回の施策の一番大きな成果は、「見えないところ」にあると思っています。定性的な部分です。つまり、「お客様にしっかりと製品の価値が伝わった」「いろいろな使い方を知っていただけた」ということや、先ほども申し上げた、開発メンバーのモチベーションが上がった、というあたりです。これらは通常の広告施策ではなかなか得ることができない、今回の最大の成果であり魅力です。

藤崎:「見えないところ」が大事というお話には共感できます。それは、お金では買えないものとも言えるかもしれませんね。

堀:その通りですね。製品を深く知ってもらうとか、他のユーザーのリアルな体験をレビューから知ってもらうとか、クチコミで評判になるということは、お金では買えません。

 

今後の課題は「ファン度」を高めていくこと

藤崎:今後の目標を教えてください。

堀:今のところ良い成果を得られたので、今後はこの成果のスケールを大きくしていきたいと考えています。「アウトドアアンバサダーの方たちが製品に興味を持ってくれた今回を第一弾としたら、次は、その方たちに製品をさらに好きになっていただけるような取り組みをしていきたいです。

藤崎:さらに愛着度を高めるということですね。

堀:ゆくゆくはアンバサダーの方々から、一般の方々へ「こういう風に使うといいですよ」と、メーカーの人間の代わりにお話いただくことができれば、すごくいいなと思います。

藤崎:他社事例ですが、実際にアンバサダーの方がイベントに登壇して、お客さんの質問に答えるということをやっていらっしゃるケースもあります。

堀:それくらいの関係性を築いていきたいです。今回のプログラムに参加された方たちとも、引き続きコミュニケーションを取っていく予定です。

藤崎:一般に企業の呼びかけに集まってくれる人たちは、企業との活動に大変協力的ですしね。

堀:そうした熱心な方々と、今後も新しい取り組みを進めたいと思っています。

「顧客」という言葉を使いたくない、という感覚が大事

藤崎:堀さんにとって「顧客視点」とは何でしょうか。

堀:個人的な意見ですが、「顧客視点」という言葉は好きではありません。どこか上から見ているような感じがして。まず、「顧客」という言葉が苦手です。お客さんのことを「顧客」と呼ぶところに抵抗があります(笑)。

なぜ嫌なのかと考えてみたのですが、やはり会社の中にいる立場で考えると、我々は「メーカー」と「顧客」という線をどうしても設けてしまうのではないかなと。あるいは、「サービス」と「ユーザー」とか。そこにはなぜか上下関係のようなものが発生するように思うのです。それはダメだと私は思います。なぜなら、会社から一歩出れば私たち全員が顧客でありユーザーです。一消費者として買う物を選んだり、個人的にクチコミを調べたりといったことを毎日しているわけです。そこを忘れたらいけないな、という思いがあります。

「顧客視点」は、顧客の視点に立って考えるという意味だと思いますが、実際、相手の立場に立つというのは、マーケティングに限らず、誰にとっても、どんな時でもあらゆる場面で大切ですよね。あえて言うなら「相手の立場で考えよう」というのが、私の思う「顧客視点」であり、それは「思いやり」と言い替えることもできるかもしれません。道徳の授業みたいですが(笑)。

藤崎:なるほど「顧客視点って何だかちょっと…」という「感覚」でしょうか。

堀:そうです。使ってはいけない言葉ということではなく、その言葉に対して抱く「感覚」って大切ですよね。

藤崎:堀さんの、その誠実さが今回の施策の底辺に流れていると確信を持ちました。「相手の立場で考える」「思いやりの気持ちで考える」というのは、マーケティングの本質かもしれませんね。ありがとうございました。

今回のポイント

・クチコミ施策はスモールスタートで
・製品の使い方はユーザー次第。企業が考えた使い方を拡げたい
・「目に見えない効果」に大きな価値がある
・購買検討者にとって有益なコンテンツを目指した
・クチコミでの評判はお金では買えない
・今後の課題は「ファン度」を高めていくこと
・「顧客」という言葉を使いたくない、という感覚が大事

今回のまとめ

使い方をユーザーに委ねたからこそ、多様なクチコミが発生したというお話は、クチコミの広がりを考えるうえで勉強になりました。製品に対するマイナスの指摘も受け入れることが製品の信頼感につながるというお話は、堀さん自身の誠実さとも相まって、大切な指摘だと感じました。

インタビュー:藤崎実
写真撮影:四家正紀

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

Author Profile

吉田朗子
吉田朗子Marketing Assistant
広告の企画制作の会社から、バンクーバーでのワーキングホリデー経験をへて、アジャイルメディア・ネットワークに入社。ファンベースやアンバサダープログラムなどの事例を紹介してきます。 と、いう建前のもと「伝わる」コミュニケーション施策を勉強中です。
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2018年12月3日


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