日本の広告主と広告代理店がこれから直面していく「イノベーションのジレンマ」とは?

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顧客の声を聞けば聞くほどデジタル化は不要?

前回のコラムでは、ワールドマーケティングサミットのドン・シュルツ教授のセッションを元に、広告大量投下だけでは勝てない時代に重要な3つのテーマについて考察しました。

ただ、最後に書いたようにこの議論の上でポイントになるのは、日本においては依然としてテレビCMが非常に強い影響力を維持しており、ソーシャルメディアの普及率も低い上に高齢化社会でもあるため、米国ほど「デジタル化するか死か」という実感が、企業経営者の間で湧きにくいという点です。

この構造は、ワールドマーケティングサミットにおけるコトラー教授の「デジタル化するか死か」という問題提起を軸に考えると、日本企業に典型的な「イノベーションのジレンマ」的な状況をもたらしている可能性が高いと考えられます。

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写真:H&Kグローバル・コネクションズ

例えば、シニア層は引き続き、テレビを長時間見ている上に、消費の中心でもあります。一方、若い世代がソーシャルメディアを使いこなしていても、たいして消費に貢献していません。そうすると、日本企業は論理的には従来のマスマーケティングをこのまま続けていても短期的にそれほど問題はないということが言えてしまいます。

何しろ日本ではテレビCMが非常に強い影響力を維持していますし、米国などの国土の広い国に比べると簡単にお店に買い物に行けてしまいますからECの影響力もまだ限定的といわれています。そうなると、メーカーにとっては小売のお店の棚や売り場を確保することが最優先事項であり、小売のバイヤーがGRPをベースにしたテレビCM投下量の説明を求めてくるのであれば、その求めに応じて従来通りのテレビCMを投下するのは当然です。

日本の金融資産の6割近くは60歳以上のシニア層が保有しているという話もあります。一方で若者世代は就職難が続いており平均年収も下がっているというデータもあり、日本企業がメインターゲットにするなら消費意欲が旺盛で資産を持っているシニア層が魅力的です。

今後も、シニア層は従来通りのテレビの視聴行動を続けている可能性が高いですし、ソーシャルメディアどころかスマホを使いこなしている人数も少なくなりますから、デジタルマーケティング的な施策への反応は悪くなります。

結果、目の前の主要顧客の声を聞けば聞くほど、早期のマーケティングのデジタル化は不要であるというのが論理的な正しい結論になるわけです。

ただ、問題はそれでは日本企業は、確実にデジタル化が先行している世界の国々でのマーケティングでは勝てないデジタルマーケティング後進企業のままになってしまうという点でしょう。さらには既存のシニア層の求めに応じて日本企業が現状のままのマスマーケティングを続けていると、いつの日か海外のデジタルマーケティングが得意な企業に国内のデジタル化した若い消費者を根こそぎ取られてしまう、というリスクもあります。

つまり、既存顧客の声を聞けば聞くほど、新しい破壊的なイノベーションに気づけないという、典型的なイノベーションのジレンマに、日本企業は直面しているということが言えるのかもしれないわけです。

そうしたイノベーションのジレンマ的現象の1つとして象徴的なのが、先日境さんがアドタイのコラムで問題提起されていたテレビ番組のおばさん化でしょう。

テレビのおばさん化がもたらしたテレビ局の深刻な状況を心の底から訴えたい件

このコラムで指摘されているのは、高齢化によってシニアが増える日本の中で、テレビ局が視聴率を意識すればするほど、視聴率確保のためにテレビを一番見る時間がある50歳以上の女性向けの番組をテレビ局は作ってしまう。

その結果、テレビからますます若者が離れていってしまうどころか、男性シニア層もテレビ離れを始めてしまっているのではないか、という問題提起です。視聴率を意識すればするほど、既存の視聴者の意見を聞けば聞くほど、既存の視聴者の中で多数を占める女性のシニア層に寄ってしまう、という構造なのです。

広告代理店もイノベーションのジレンマに陥る?

現在、日本企業全体が、国民の高齢化の過程で、同様のマーケティングにおけるイノベーションのジレンマにはまりつつある可能性があるわけです。当然、広告主である日本企業がイノベーションのジレンマにはまると、それと共にイノベーションのジレンマに陥るのが広告代理店です。

主な広告主が従来通りのマスマーケティングを前提にしたリクエストを広告代理店にするなら、広告代理店側は当然新しいチャレンジをすることが難しくなります。

広告代理店の立場からしても、従来のマスマーケティングのモデルにおいては、マス広告の手数料という手離れの良い安定した収入が入ってくるのに対し、デジタルマーケティングでは多くの施策の手離れが悪い上に金額もあまり大きくならず、利益率も悪いという負のスパイラルにはまりがち。普通に考えたら、儲からない新しい施策にチャレンジするより、従来型の広告手数料モデルを少しでも長く続けたいと考えるのが当然でしょう。

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

写真:H&Kグローバル・コネクションズ

実際、ワールドマーケティングサミットのドン・シュルツ教授の講義では、参加者からデジタルマーケティング時代に広告代理店はどうあるべきか、という質問が出たところ。

ドン・シュルツ教授から「現在の広告代理店という業態は、マスプロダクションでマスマーケティングを実施するビジネスモデルを前提に成長した産業であって、クリエイティブな人間が中心にいて広告を作りたがるから、顧客を中心にしたデジタル時代のマーケティングにそもそも向いてない」とバッサリと返されるという一幕もありました。

この一言に、デジタル時代の変化に対する既存の組織の変革の難しさが表れているように感じます。

当然、広告主の中にも、広告代理店の中にも、これらの問題に正面から向き合い新しい挑戦に取り組んでいる問題意識の高い方々も大勢います。ただ、どうしてもボトムアップでの挑戦には限界があり、従来のやり方に慣れている組織の構造や文化に阻まれるという感覚を持っている方も多いようです。

そういう方からすると、ついつい上の人間は分かってくれない、と感情的に感じてしまうことも多いと思いますが、実は「上の人間」からすると論理的に今まで通りのやり方を続けている方が正しいという結論が出ている可能性がある、というのがイノベーションのジレンマの難しいところ。

まず日本で、自分の会社で新しくデジタルマーケティングに取り組んでいくべきだと感じている方は、この問題が典型的なイノベーションのジレンマと同じ構造になっていることを意識して、長い目で取り組むことが重要になっているように感じます。

※このコラムは、宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。

Author Profile

徳力 基彦
アジャイルメディア・ネットワーク株式会社  取締役 CMO ブロガー

NTTやIT系コンサルティングファーム等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。書籍「アンバサダーマーケティング」においては解説を担当した。
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徳力 基彦 • 2016年8月10日


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